「まぁ、健闘を祈る」


 クスリと笑みを残して踵を返し、八雲は颯爽とつくもの中へと入っていく。

 その背中を見送りながら、花は動くこともできずにたった今、傘姫から言われた言葉を頭の中で反復させた。


『大丈夫。八雲さんなら、あなたをきっと今以上に幸せにしてくれます』

『八雲さんも、どうか花さんのことお守りくださいませ』


 八雲は明確に、否定も肯定もしなかった。

 もちろんそれは、花が本当は嫁候補ではないことを悟られないためだとわかっているが、しがない乙女心のせいで花の胸は勝手にときめいてしまう。


「ぜ、絶対っ、イイ男を捕まえてやるんだから……っ」


 花は煩悩を振り払うように息巻いた。

 そうしないと、八雲の笑顔ばかりに頭の中が埋め尽くされてしまいそうだったのだ。


「それなら花さん、我々、是非おすすめの男性がひとりいるのですが……」

「わしらのイチオシの男は、色男な上に将来有望な老舗温泉宿の跡取りじゃぞい」


 そんな花を前に、ス……ッと背後から顔を出したふたりが、真っ赤な顔で鼻息を荒くした花に耳打ちをする。

 それにハッと我に返った花は大きく息を吸い込んで、

「八雲さんとは結婚しません!!」

と、青い空に通る声を響かせた。