「食の細い傘姫に喜んでもらえるような、お肉を使った一品料理で、なおかつ熱海らしいもの……」
「それなら和食にこだわらず、思い切って洋食にしてみたらどうかのぅ」
そのとき、ぽん太が思わぬ提案を口にした。
「洋食?」
花は目を見張ったが、ぽん太は目を糸のように細めて話の続きを静かに始める。
「そうじゃ。実は熱海は、洋食の美味しい街でもあるんじゃよ」
「洋食の、美味しい街……」
それは初耳だ。
「熱海の洋食の歴史は意外に古くてな。戦後まもなく開業した老舗洋食店には、多くの熱海びいきな文豪たちが訪れたというのは、わしの記憶に新しい。なんでも、その文豪たちのワガママな注文を聞いているうちに、どんどん味が洗練されていったとか……。そんなわけで熱海の洋食は、今でもたくさんの人々に愛されておる、ソウルフードでもあるんじゃよ」
顎を触りながら言うぽん太は、まるで当時を懐かしむかのように柔らかな笑みを浮かべた。
「熱海は海沿いの町じゃから、新鮮な魚介を使った料理がイメージとしては強いがの。実は魚介類だけでなく、肉も、ひとつ山を超えたところの名産品の愛鷹牛や箱根西麓牛があったりと、とにかく海の幸・山の幸と美味いものがてんこ盛りなんじゃ」
ふふんと自慢げに胸を張ったぽん太は、腹太鼓をポン!と鳴らした。
海の幸に限らず、山の幸まで豊富とは、なんとグルメな街だろう。
食い意地の張った花にとっては、熱海はまさに極楽だ。



