熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします

 

「なるほど、それなら簡単ですよ。少々お待ちいただけますか?」

「え……」


 黒桜はそう言うと、今度は両手を開いて何かを唱えだした。

 そしてパラパラとページを捲るような仕草を繰り返し、あるところでピタリと動きを止めて顔を上げる。


「ふむ。傘姫はああ見えて、魚よりも肉のほうがお好きみたいですね」


 宿帳の付喪神である黒桜は、これまでの宿泊客のデータのすべてを自身の力でいつでも自由に引き出せるのだ。

 虎之丞のときもそうして、鯵好きを黒桜が教えてくれたのだった。


「ですから、肉を使った一品料理が良いかと思います」

「さすが、黒桜さん!」

「私の宿泊者名簿には、お客様の性格や趣味趣向を含めた、これまでの詳細な内容をすべて記してありますからね。そんじょそこらのパーソナルコンピュータというやつにも負けませんよ」


 花が褒めると黒桜は鼻高々で胸を張った。

 パーソナルコンピュータ……パソコンとは確かに、ライバルが強力だ。