尾崎紅葉の小説、金色夜叉に登場する貫一とお宮の像が建つ観光名所『熱海サンビーチ』。

 夏は海水浴場として賑わいを見せ、観光客にも人気の熱海定番スポットとして知られている。

 ヤシの並木通りは地元の人たちからも愛される散歩コースだ。

 夜になると色とりどりの光でライトアップがされ、幻想的な景色を楽しむこともできた。

 熱海海上花火大会が行われる日などは県外からも多くの人たちが訪れ、交通渋滞が起きることも常である。

 その、どこまでも続く青い海を背にして国道135号を渡ると、建ち並ぶホテル群の左手に某大手コンビニチェーンを見つけることができた。

 隣にはパーキングがあり、更にその左手には【干物】と書かれた食事処があるのだが──狭間にある小道に気づく人は、一体どれほどいるだろう。

 一本隣の熱海銀座商店街とは対象的に、車一台が通るのもやっとであろうその道を行くと三本に枝分かれした道にたどり着く。

 真ん中の道を選んで歩いていく。

 ぐんぐんぐんぐん、真っすぐに歩いていくと、人ひとり通るのがやっとというほどの細い道が現れ、突き当りに【小さなお宿】を見つけることができた。


 ──そこは、現世(うつしよ)常世(とこよ)の狭間にある温泉宿。


 二階建ての木造の建物は重厚かつ趣のある佇まいをしており、古くからこの地に息づく歴史を感じさせた。

 瓦屋根につけられた木製の看板には流れるような達筆で宿名が描かれ、年季の入った紺色の暖簾(のれん)の向こうから漏れる灯りが、お客様を温かく出迎える。

 一見すると、歴史情緒あふれる老舗旅館のようである。

 けれど、このお宿にやってくるお客様は、周囲の宿に訪れるお客様とは少々毛色が違っていた。