羽水翔は、早瀬美琴の恩人だった。


早瀬美琴は、大学1年生の時に母親を亡くした。
高校教師として働き、大黒柱として一家を支えていた母親が交通事故で亡くなっていた。そして残されたのは高校生の妹と精神病を患っていて定食に就けない父親、そして当時大学一年生だった美琴だった。

お母さんが亡くなって辛い。苦しい。ただ現実問題として、悲しんでばかりはいられなかった。

妹の小春が通う高校は都立ではなく私立だった。
あまつさえその中でもお金のかかる音楽科専攻。今まで家族の1番の財源であった母親の収入がもう入らないとなれば…じゃあ学費は。奨学金で全てが賄えるわけではない。楽器のメンテナンス費だってかかる。

そして父親の通院費も決して安くは無い。

そして、早瀬家にはある大きな爆弾があった。父親が消費者金融でつくった借金だ。


全く働かない訳ではないが、定職にも就けないバイトでさえ長く続けられない。おまけに借金までつくって帰ってくる。そんな父親に、なぜお母さんは愛想をつかさないのだろう。離婚しないのだろうと小さな頃からずっと不思議に思っていたが、10代の後半にさしかかった頃には、お母さんはそんな父を放って置けないのだと悟っていた。