「早瀬…」

羽水社長が私を見て驚いたように目を見張っているのを見て、一体なんて事を口にしてしまったのだろうと一瞬で頭が冷えた。


…でも、もう我慢ができない。
墓場まで持っていくつもりだった。
口に出すつもりなんてなかった。
けれどもうこれ以上、辛そうな羽水社長を見ていたくない。

そう、思った時。

羽水社長の腕が伸びて、私の頭の上に乗った。
そして、そのまま頭を優しく撫でられる。


「心配かけて悪かったな」


「………っ」


「誰も芝波さんの代わりにはなれないし、早瀬の代わりになれる人もいないよ」



そう言う羽水社長の表情は、まるで今にも雲に隠れてしまいそうな月のように儚くて切ない。


「………。」


優しく頭を撫でられ、まるで宥めるような優しい声で胸を刺され、私は思わず俯いた。


…あぁそうか。誰も、誰かのかわりになんてなれない。

私が羽水社長の代わりを見つける事が出来ないように、羽水社長もまた、私を芝波社長の代わりにする事は出来ない。


羽水社長は私よりもっと早くそれに気づいた上で、芝波社長の事を好きでいて、側にいる。



───恋は、こんなにもやるせなくて辛くて、胸を抉る凶器なのだと初めて知った。



こんな痛みを味わうのは、もう私だけで充分だと思った。




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