黒瀬さんが撃たれて、もうすぐ一ヶ月になる。

スマホのアプリでカレンダーを見た後、早瀬美琴はスマホをスーツのポケットにしまった。

芝波社長は、もうすぐで仕事を再開されるそうだ。一ヶ月の間は前任のお父様が芝波社長にかわって社長の業務を行ってくれていたそうだ。


黒瀬さんが意識を失ってから、芝波社長は目に見えて痩せた。

そんな芝波社長が心配で羽水社長や私がよく食事に連れ出しているけれど、それでも多くは口に出来ず、完食できずに残してしまう事が殆どだ。



──これ、甘くて美味しいですね。


この間の夕食で、食後のレモンパイを一口齧り芝波社長が言った一言を聞いて背筋が冷えた。

そのレモンパイは酸味がかなり効いていて、"甘くて美味しい"という感想を抱くのは不自然だった。

勿論デザートのパイだから甘さが皆無な訳では無い。


──少し酸味がきついなって思ったんですけど…。

──えっ…あっ、そうですね。少し酸っぱい気もしますよね、これ、うん。

──…芝波社長、本当に味、してますか?

──ええっ、してますよ、美味しいです。



味はしていると答えられたのでそれ以上は追求しなかった。

ただ、芝波社長は本当は食べ物の味がわからないんじゃないか。

そんな疑惑は私の中からずっと消えない。