< 自分の生まれや育ちは、選べない。
だからこそ、私は私を好きでいたい_。>

そこまでノートに書き、東郷 杏莉《とうごう あんり》は窓の外に目をやった。
7月の眩しい日差しが、庭の色とりどりの花を照らす。
「もうそろそろかしら」
椅子から立ち上がり、アンティーク調でまとめられた自室を出る。
廊下は磨きあげられたフローリングや、杏莉にはよくわからない絵画の数々。
螺旋状の階段を降りる。杏莉のモコモコスリッパがパタパタと音を立てる。それ以外は全く音がない。
しんと静まり返った中、杏莉は嬉しさが隠しきれない。
杏莉が玄関周りをうろちょろしていると、重厚感のあるベルが鳴った。
「ただいま。杏莉__」
分厚い大きなドアが開いた。そこから3ヶ月に会う父親が顔を覗かせた。
「おい、武村《たけむら》、荷物を持ってくれ」
父親が召使いを呼ぶ。
「あら旦那様、おかえりなさい」
声に気づいた奥から召使いがやってきて、杏莉を押しのけて父親の荷物を受け取り、せこせこと動く。
杏莉は感動に浸ることも許されず、虚無感に包まれる。

<今日は3ヶ月ぶりにパパと会える予定だった。けど、一瞬で書斎に籠ってしまった。
ママにも会えない、パパとは昔みたいに遊べると思った。私は本当に愛されてるのかな。>

杏莉は両親との思い出があまりない。最後の記憶は、5歳のころ、家族3人で郊外のテーマパークへ出掛けたことだった。
それ以来、両親どちらかが仕事ということが多く、杏莉は武村と過ごすことの方が多くなった。

思春期を迎え、愛や恋について考えさせれることが多くなり、自分を愛する人が少ないことに気付かされ、1人で泣いたこともあった。

<愛されたい_。>

「もう寝よう」
寝たら悲しみから逃げられる気がした。