塔に入り階段を駆け上がると、二階を警備している衛兵たちも倒れていた。
 こちらも血は流れておらず、ただ辺りに微かに甘い香りが漂うのを感じながら、ユリウスはさらに階段を昇り控えの間に足を踏み入れる。

「ウーゴ! アズール!」

 倒れている部下を目にし、ふたりが息をしているのを確認すると安堵した。
 だが、同時に激しく膨れ上がる焦燥感。

 メアリの部屋の扉が開いているのだ。

「メアリ!」

 慌てて飛び込んだ広い室内に人の気配はない。
 それどころか、花瓶が倒れ、テーブルが不自然な場所に追いやられ、争った形跡が見受けられる。
 奥の寝室へと駆け込むも、やはりそこにメアリの姿はなかった。
 必死に応戦したのか、先王の剣が転がっているだけ。

「くそっ……」

 悔いるのは自分の浅はかさ。
 騒ぎの様子は別の者に任せれば良かったのだ。
 何よりも優先すべきはメアリだったと己を責め、ユリウスは血の気か失せるほど強く拳を握った──。