結ばれて一年経った時、紀之は決心する。

これ以上、何も言わずに沙織を縛れない。

紀之自身も、沙織のいない生活なんて考えられないと思っていたから。
 


何も言わないまま 婚約指輪を買いに行った紀之を はじめて沙織は責めた。
 

「ねえ、これ婚約指輪だよ。どうして。どうして私に。」

プロポーズをしない紀之の真意がわからなくて戸惑う沙織。

自分は紀之に相応しくないと思っていたのか。

そして、紀之は沙織がそんな風に思っていることを知らなかった。
 


「だから、ごめん。ちゃんと言わなくて。結婚して下さい。」やっと言った。

銀座の雑踏で。全然、ロマンチックじゃなかった。


でも沙織は泣きだしてしまう。カルティエの前の歩道で。
 


“俺はこんなに沙織を苦しめていた”


紀之は自分の不甲斐なさに情けなくなる。


“沙織だから、俺でも我慢してくれた。黙って俺に付いて来てくれた”


紀之の心は沙織への愛と感謝でいっぱいになる。
 


沙織を手放したら 自分は絶対に幸せにはなれない と確信した。

沙織ほど、大らかで繊細な女性はいない。

沙織以上に強くて優しい女性はいない。



涙を流す沙織を見ながら、紀之は思っていた。
 

涙を抑えて軽くしゃくり上げながら、沙織は紀之を見る。
 


「夢?」と言って。
 
「現実だよ。」と笑顔で答える紀之。
 



『ごめん、沙織。俺、本当に情けなくて。

沙織に気持ちを伝えられなかったから。

沙織を苦しめてしまったね。

でも、これからも一緒にいたい。

ずっと二人で生きていきたい。

沙織のいない生活は、もう考えられないよ。

だから、そばに居てほしい。

一生、二人で笑っていたい。お願いだ。』





言葉にできなくても、沙織には絶対に届くと信じて。

紀之は沙織を見つめる。

ただ静かに。そっと肩を抱きながら。






~end