紀之は 初めての食事に、赤坂の創作和食のお店を選んだ。

赤坂見附から少し歩いた路地の、あまり大きくないおしゃれなお店。

奥のテーブルで向かい合うと、
 

「沙織ちゃん、お酒は?」と紀之はメニューを差し出す。
 
「ごめんなさい、私、アルコール飲めないの。」と沙織は答える。
 


「本当に?俺も、お酒だめなんだ。」と紀之は、ほっとした顔で言う。
 
「そうなの?」と驚く沙織に、
 
「飲みそうに見えた?」と聞き返す。
 
「そうじゃないけど。飲み会とか多いでしょう。飲めないと大変じゃない?」

いつの間にか二人は、敬語を止めていた。
 

「大変だよ。だいたい、潰れた人の介抱だよね。」と紀之は笑う。
 
「何かわかる。紀之さん、面倒見が良さそうだから。」沙織の言葉に、少し照れて
 

「そうでもないけど。放っておけないじゃない。」と言う。


やっぱり。この人は、誰にでも優しい。沙織は確信していた。
 


運ばれてくる料理は、どれも美味しくて。

遠慮なく食べる沙織を、紀之は嬉しそうに見つめる。

明るく笑って食べる食事は、楽しくて。

思いを告げる言葉は、何も言ってくれないけれど、沙織はとても幸せだった。