戀のウタ

「仕様外でこれだけの能力があるならまだ利用価値はあるだろうよ。上層部に申告してやる」

「やめて!そんなことしたらますます軍事目的に――」

「プロジェクト凍結になってもか?」


 冷静な言葉が千鶴の心を射抜き、続く言葉を失わせた。


 理性では理解している。

 自分のすべき事、望まれている事を。


 だが道徳心――、いやそれよりも個の感情が千鶴から言葉を奪った。


「お前の私情などどうでもいい。こちらは成果だけが必要だ」


 確認するまでもないくらい簡潔な存在意義を突き付けられ千鶴は茫然と立ち尽くす。

 もうその姿に何の感慨も欲情も無い氷川は千鶴に背を向けドアへと向かった。

 鉄製のドアを潜る途中で男は振り返らずに告げる。


「『査問』は終わりだ。せいぜいプロジェクトの存続に尽力しておけ」
 

 その一言が終わると同時にドアが閉まりラボはまた千鶴一人の空間へと戻った。

 あるのは機材の微かな駆動音だけ。


 無機質な機械音が無音よりもさらに孤独を引き立てる。

 感傷にも浸れずその孤独に耐えられない千鶴はその人工的な静寂を掻き消すようにキーを一心不乱に叩いた。