簡素で飾り気のない20畳ほどのラボにキーボードを叩く音だけが響く。


 必要最低限に電灯を残した部屋は薄暗く、ディスプレイの光を受けた女の顔に深い陰影を付ける。

 照らされた女の顔には表情は無い。
 ただ忙しなくキーボードを叩き、結果として画面に出力された羅列を読み解くだけだった。


 時間は昼下がり、夕方というには少し早いくらいの時間である。
 だが地下5階にあるこのラボには日照時間というもの――否、そもそも一般的な時間の制約というものは意味を成さない。

 意味を成さない理由は簡単だ。
 この部屋の主が一般的な時間という概念に拘りを持たずにいるから。

 働けるだけ働いて、そして思いつくまま研究を繰り返し脳が悲鳴を上げれば仮眠を摂る。

 彼女は、――『三宅千鶴』という人物はそういう生活をしていた。

 30の半ばを迎える見目の美しい女性がするような生活ではないが生憎とそれが事実であり彼女の当たり前の生活だった。

 
 周りから「そんなに働いて大丈夫なのか?」と聞かれるが彼女にとっては苦ではない。


 その理由は3つある。

 まず第1に彼女はこのプロジェクト責任者であり、研究に遣り甲斐と探究心を持っているから。

 この政府直轄の研究機関で門外不出の媒体である通称『カイロスマテリアル』は地球外――ともすれば外宇宙から飛来してきたかもしれない異星人の技術の塊だ。

 それは地球上の技術を何段も上回っており、解析・転用が可能になれば百年単位の技術レベルの飛躍が見込める。

 そんなものを研究する権限が与えられていれば科学者として研究せずにはいられないだろう。

 研究者という人種は未知なるものへの欲望に忠実だ。
 だからその欲望の前では寝食などというものは些事になる。