「どういうつもりって、それをあなたが言いますかね?何人もの人間を裏切ってきた、そんなあなたが?」
相手の方は、すごくきれいな声をしていた。
聴いていて気持ちいいような、そんな声。だけど透き通った澄んだ声色とはまた違って、それなのに何故だか魅力的に感じた。
「だってそうでしょう?こっちはあんたの思惑ぐらい分かってんすよ。だから、先に裏切った。それだけのことだけど」
「ずいぶん生意気だなぁ、アオハルさんよぉ?」
え…?今、アオハルさんって…
「だから、ね?俺だってあんたと喧嘩したいわけじゃない。第一そんなことしたら俺ボコボコにされるじゃないですか。痛いのはイヤなんすよ」
生意気なのは俺の長所だと思って、大目に見てくださいって。
そう言って彼は──アオハルさんは、相手の様子を窺っているみたいだ。
「これからも適度な距離で付き合って行きましょ!じゃあ、そういうことで」
「まぁ兄ちゃんには世話になってる所もあるしな…これからも利用させてもらうぜ、じゃあな」
すたすたと足音は遠ざかって、辺りはしーんとした。怖い声の男が出て行ったんだろう。たぶん。
今、路地裏に残っているのは恐らく「アオハルさん」。名前以外一切分からない謎の人物が今、私のすぐ近くにいるんだ。
「ホントに美織って面白いよね~これからも私達のオモチャでいてよ。誰かにチクったら容赦しないからw」
「せいぜい俺らに遊ばれてろよ。優等生ちゃん!」
「今度はあの子がターゲットみたいだよ…かわいそう」
「まだ入学してすぐなのに、本当についてないよな」
突き刺すような視線。感じた数々の鈍痛。
蔑む態度。背後に感じる気配。
消えることのない、終わることのない恐怖。
いろいろなことが一気に、私の脳内を飲み込んでいく。
私の脳内は、考えることをやめた。