いつも通りの放課後、図書室で文芸部の活動は始まる。


シオン先輩をぼーっと見つめるゆうかの姿は、恋する乙女に等しくて、(俺の方を見ればいいのに)って思わず嫉妬してしまう。


そんなシオン先輩もまんざらではないみたいで、ゆうかと目が合うと、照れくさくなるみたいにふふっと微笑むのだ。


そのシオン先輩の姿を見ていると、(まあ、シオン先輩優しいもんな)とか、(お似合いかも)なんて消極的になるのも当たり前で、俺はその現実から目を反らすように読書に熱中する。


小説は好きだ。


いや、本であるならば絵本だったり、参考書だったり、何なら辞書でも構わない。


昔から俺は本という1つの概念に惹かれていた。


俺の初恋は、ゆうかという一人の少女の他に、紙に書き記されたシナリオと文章でもあった。


頭にスッと情景が浮かんでくるような感覚と、鼻腔を(くすぐ)る紙とインクの匂い。


その本が生み出される背景を考えるものまた、一時の幸福を得ることができる。


他の人には分からない、自分だけが知るこの恋情は、誰の声も届かないくらい心を虜にさせて、俺という存在を離さないでいる。


最近では、ゆうかはシナリオを《書くこと》によって、その幸福を得ているようだ。


文芸部の活動の中で、原稿用紙の上にシャーペンで文字を写し出すゆうかの姿は、かつて輝きを纏っていた、出会った頃の姿とそっくり。


だからゆうかは、《大罪を忘れる手段》を、得ることができたのだと思う。


「2人とも、読書は一旦ストップして、僕の話を聞いてくれるかな?」


シオン先輩が、パタンと小説を閉じた音で、ゆうかと俺は本の世界から現実へと引き戻される。


「どうしたんですか?」


「言い忘れてたんだけど、今日は顧問のキイ先生が来る日なんだ。
キイ先生は本当に気まぐれだから、もしかしたら来ないかもしれないんだけど」


「それ絶対来ないヤツですよ……」


「まあまあ。
もしかしたらなんだけど、この時期だから文化祭で販売する小説について話があるかもしれない。
念のために2人とも、机の上に筆記用具とメモできる紙を用意しておいて貰えないかな?」


「はい、分かりました。
クラノ、文化祭って確か10月だっけ?」


「予定としては、10月の前半だな。
でも夏休みはうちエスカレーター式だけど、一応進学校扱いだし、部活は完全に無し。
そう考えると3ヶ月ちょっとで完成させなきゃいけないんだよ」


「それも、部誌みたいな薄いサイズじゃなくて、200ページ以上がノルマだからね。
これ以上部員が増える見込みはないし、早めに取りかかろうと思って」