いつの間にかあずるは
小さな寝息をたてていて


軽く拡げた腕には
食べかけのパンを握ったまま


床に落ちたチラシを拾い
ベットに腰掛け、耳元に呼び掛ける




「 …あずる 起きられるか 」


「 ん…  あれ…? 」


「 歯だけ磨いて来い 」


抱え上げると
あずるはこくりと頷き
俺の手を引きながら、洗面所へ


「 トオヤもみがごー 」


「 …うん 」




狭い洗面所 鏡の前に三人




「 ねえホオヤ
今日はどんな勉強したの?」


「 … うちは一、二年
高校の延長みたいな感じだけど 」


「 うん 」


「 でも冬期
午後からの実験が、かなり長くて 」


「 うん 」




―――… とても昔の事の様な気がする




中、高は、男子校

サークルの先輩に紹介され
初めての彼女が出来たのは
大学に入ってすぐの、桜の頃




男は 授業とバイトに明け暮れる奴と
オシャレと呼ばれる店を
必死に覚え、探しまわる奴の二手


女の子は 綺麗に化粧をしながら
どれだけ自分がそんな場所へ
日々誘われているかを、賑やかに語る




そんな定番の流れの中に、自分も混じり
何となく笑いながら、日々を過ごした




――― 高校生でも 社会人でも無い


それまでの
規則で縛られた中での切望も
純粋さだけで出来ている訳でも無く


エアポケットみたいな空間で
型から始まった、幾つかの"恋愛"は


正直、女の子の話を聞いたり
体を繋げる事よりも
音楽をやっている時間の方が楽しくて
自然消滅する事が多かった




だから、ベースだけはきっと ―――


どんな形であれ
ずっと弾いて行くんだろうなと




むしろ こんなに強く


誰かを想う未来が、その先にある事など
あの頃の俺は、想像すらしていなかった




「 みがいたー 」


「 青山さん、明日ヒゲ剃り貸して 」


「 電気でいいのか? 」


「 うん 」