....一通の手紙だった。

社会人一年目、まだ覚えることもやらなければいけないことも途方もなく山積してる状態だった私は、とにかく疲れ果てていた。
早くベットになだれ込んで眠ってしまいたい。

睡魔と戦いながら開いたポストには、汚れひとつ見当たらない真っ白な封筒が投函されていた。

普段DMか請求書しか届かない錆びた鉄の箱の中。
封筒はとても居心地が悪そうに見える。



「....柊木、葵?」



差出人の名が刻まれたそこを、そっと指でなぞった。

懐かしい響きだ。
口の中に広がる余韻を転がしながら、柊木葵、彼のあの端正な顔立ちを思い浮かべる。

艶やかな黒髪は女の私など比較することすらおこがましいと思えるほど上質なものであったし、シャープな輪郭線がとても印象的だった。
今まで見た中で、間違いなく、一番綺麗な人間は彼だろう。

けれど何故今頃、こんな私に伝えることなどあるとは思えなかった。


ふと、考えを巡らせる。


昔は言うことができなかった恨み言を送りつけてきたとか?
久々に一緒にお茶でも、とか.......いや、葵に限ってそんな公私混同極まりないお誘いはあり得ないか。


しかし心当たりすらない。


人気のない静かな廊下に、私のヒールがコンクリートを打つ音が響く。
出していた鍵をポケットに突っ込んで、例の手紙に夢中になっていた。

築何十年だかあまり考えたくない様な古いアパートの三階。その隅っこに私の今の家がある。
家賃の安さだけで選んだため、正直ここは事故物件ですとか言われても私は驚かない。
まあ事故物件という表示は一応なかったが、うまくリフォームでもすれば表示義務がなくなるとか色々と聞いてしまったせいで、その辺はあまり信用していなかった。


玄関にヒールを脱ぎ捨て、荷物をリビングのソファー脇に積み上げる。


ああ、シャワーでも浴びなきゃいけない、という意識に追い立てられながらも私は封筒の封を切った。