「侯爵家を敵に回してただで済むと思うのか? お前の家も、家族も路頭に迷うことになるぞ!」

「わたくしが人生をかけて守ってたものは貴方が踏み躙れるほど安くないのよ」

 家族と家族が愛した土地を守れるのなら身体の時間が止まっても良いと思った。その覚悟をちっぽけな言葉で蹂躙されたくない。

「だから貴方はイヴァン伯爵に勝てないのよ」

 今度こそ激昂したエセルが腕を振り上げる。その手を逆に捻り上げるか、流れに身を任せて背負い投げるのも有効だ。あるいはもう全部ドアごと吹っ飛ばしてもいいだろう。

 メレは瞬時に計画を立てるが、結果として計画を実行する必要はなかった。

 壊れる寸前の激しい音をさせ扉が開く。蹴り開けたのだろう、足癖悪く立つオルフェがエセルを睨みつけていた。

「やめろ。俺の妻に手を出すな」

 そしてこの一言である。

「無事かメレディアナ! 悪い、遅くなった」

 どれほど絶妙なタイミングで登場されようとメレが不思議に感じることはない。ラーシェルやノネットがいれば容易いだろう。
 そんなことよりも聞き捨てならない部分があった。

「オルフェ!? お前、どうしてここに!」

「妻を迎えに来ただけだ。それと興味深い物を手に入れてね」

 オルフェが手にした紙をちらつかせればエセルは蒼白になっていく。

「どうして、どこでそれを!」

「祭りで手薄でね。拝借させてもらったぜ」

「それは金庫に保管して、どうして、どうして番号を知っている!?」

 崩れ落ちるエセルを見る目は冷ややかだ。

「簡単だったぜ、なあ?」

 隣のラーシェルに目配せしている。彼の手に掛かれば金庫なんて容易いことだ。ただ一言、金庫を開けろと命じれば済む。

「お前、寄付金にまで手を付けるとはな」

 呆れたように一瞥する。エセルのサインが記入された紙はおそらく不正の証拠なのだろう。
 視線にも入れてもらえなかったレーラは慌ててオルフェに縋りついた。

「オルフェ、違うの! わたくしは、貴方のこと愛していたの。でも彼に脅されて仕方なく従うしかなかったの! わかるでしょう? なんなら彼の悪事を証言してもいいわ。だからわたくしを助けて、ねえやり直しましょう!」