「な、何か文句でも?」

「いや、素直に可愛いと思った」

「またそうやって――」

 反論すべく口を開いたメレを沈黙させたのは空を舞う薔薇だ。噴水に投げこまれた薔薇が水面に浮かび、漂いながらメレの傍へ寄る。

「いいねえ嬢ちゃん!」

 歓声と共に口笛が鳴らされた。

「ははっ、早く着替えないと風邪引くよ。坊ちゃん、早く助けておやりよ!」

 一人が投げ込めばつられるように薔薇の雨が降る。
 空を見上げるメレは、まるで雪のようだとメレは思った。いっそ寝そべってしまえばもっと美しく見えるかもしれないと行儀の悪いことまで考える。

 魔法を使えば同じことが出来るだろう。もっと豪華絢爛な花の雨を降らせることも容易い。けれどメレはこの日この光景を忘れない。一輪一輪に灯った人の優しさは魔法以上に尊く価値がある。水の冷たさなんて忘れてしまうほど温かく見惚れていた。


 とはいえ水に落ちて全身ぬれ鼠となった寒さとは別物だ。
 頭が冷えたおかげで今度こそオルフェの手に捕まれた。水を吸った服に苦戦していたが、そんなメレを含めて軽々引き上げたオルフェは意外なことに逞しいと気付かされる。
 合間に形成された通路を通り二人して輪から外れた。

「見事に濡れたな」

 事実を述べただけの、どちらかといえば笑いをこらえたような口調である。自覚はあるので返す言葉もない。
 建物の隅で髪と裾を絞れば、メレの足元には盛大な水たまりが出来た。

「すぐに物陰で乾かしてくるわ」

 数秒もあれば事足りるだろう。水浸しになったくらいで終わる勝負ではない。早く祭りに復帰しようと意気込んだ。

「オルフェ」

 メレの気概を打ち砕くように邪魔が入った。同時に振り返るとドレスに身を包んだレーラが待ちかまえていた。豪華な宝石を見せびらかすように着けた姿は祭りの雰囲気に馴染めていない。

「レーラ……お前一人か?」

 オルフェはすぐにエセルを警戒する。ひとまず彼の姿は見当たらなかった。

「ええ、近くを通りかかったら姿を見つけたのよ。そちらの方、メレディアナ様でしたかしら? 濡れて大変でしょう。わたくしのタウンハウスが近くにありますから、いらっしゃいませんこと? 変えのドレスもありますわ」

「そうさせてもらえよ。心配するな、俺も休憩させてもらう」

 オルフェは申し出を受けるよう促す。メレとしても魔法で乾かせるので大丈夫とは言えず、互いに休憩なら構わないだろうと親切を受けることにする。
 着替えるだけなのでラーシェルは一時的に持ち主の元へと戻すことになった。なんでも主からの命令があるらしく、ならばとノネットには引き続き監視の任を言いつけておく。