「ところでメレ様。ご当主様に挨拶はいいんですか?」

 出掛けるのなら挨拶を。それは当たり前のことで、ノネットに悪気がないことは誰よりもメレが知っている。だから――急いでいると前置きをしてなんでもない振りをした。

「……時間がないもの。それに、わたくしの顔なんて見たくないはずよ」

 顔を合わせることなく一日を終える。もう何年もその繰り返しだった。
 それなのに、自分の放った言葉で傷を負うなんて情けない。未練がましい自分を笑い、そんな場合ではないと考えを改める。複雑な心情を汲んでくれたのか、ノネットが追求することはなかった。
 あれこれ余計な事を考えてしまうのなら、忘れるほど強くランプを想えばいい。

「さあ、待っていて魔法のランプ!」

 決意を胸に拳を握る。口にすれば暗い感情が紛れていくのを感じた。今は出立の時、世界の命運を取り戻す時だと自身に言いきかせる。

「……でもなんだか、魔法のランプなんて神秘性の欠片もない呼び名よね。製作者の名を取ってメレ、メレディアナ――、ディアナのランプなんてどうかしら!」

「メレ様、それ取り戻してからゆっくり考えましょう!」

 半ば後ろから押されるような形で鏡に飛び込んだ。

 目指すはエイベラ。
 魔法のランプ奪還を目指して、いざ旅立ちの時である。