「ああ、それは良いんだ」

 オルフェが写真立てを戻せば『良い』の理由を悟った。
 今よりも若いオルフェが映っている。中央にはレーラ、その隣にはエセルが映っていた。おそらく学生の頃だろう。

「わたくし余計な事を言ってしまったのね」

 倒れているのではなく、伏せてあったということだ。

「いや、自分でも時々見るよ。だからここに置いている」

 その通りだ。見たくないものなら破り捨ててしまえばいい。メレのように――ラーシェルがいるのだから一瞬で灰にすることも出来る。

「貴方は……残しているのね」

「メレディアナ?」

「わたくしは、見たくないものはすぐに燃やしてしまうもの」

 家族の写真、昔の自分――見たくないもの、思い出したくないものはたくさんある。彼は違うのだろうか。

(自分を裏切った相手の写真を今も飾っているなんて何を想って? 心が強いのか鈍いのか、よほど未練が強いのか……)

 いずれにしろメレには理解が及ばないことだ。

「忘れずに済むだろ」

「忘れたく、ないの?」

「エセルとはガキの頃からの付き合いで、俺にとっては親友だった。だがあいつは違ったらしい。俺を嘲笑うためだけにレーラを奪い、イヴァン家の事業も次々と邪魔しにかかる」

「だから親友だったね」

 オルフェはあっさりと肯定する。

「心を許すな、裏切りを忘れるな、これは戒めなんだ」

(強い人なのね。わたくしは見たくないものから逃げてしまったというのに)

「だからもし、俺のせいでお前がエセルに目をつけられたとしたら……」

 オルフェがエセルに抱く警戒心に疑問を感じていたが納得する。だから多少強引にでも家に連れてきた。

「イヴァン伯爵のくせにらしくないわね。心配は不要と言ったでしょう? 貴方の眼にはわたくしが利用されるような軟弱者に映っているのかしら」

 彼を真似て不敵に笑ったつもりだ。はたして上手く出来ただろうか。

「確かに……お前はエセルの手にはおえないか。ありがとな」

「それは、わた……の……よ」

「ん? 悪い、最後なにを言ったんだ?」

「さあ? そろそろ食事の時間ではなくて? ほら、ラーシェルもいなくなっているわ。急ぎましょう!」

 言葉にするつもりはなかった。それが自然と零れてしまってははぐらかすしかない。

(ありがとうですって? それはわたくしの台詞よ)

 もう何度も感謝の気持ちを自覚させられたのはメレの方だ。けれどこんなこと、素直にもう一度言えるものか。