「どうして、なぜ出荷されてしまったの? 戻ってきてぇー!」

 力の限り喚くこと数秒。突如乱心した主人を前にうろたえる使い魔を放置して気持ちを切り替える。悔やんだところでランプは戻ってこないのだから。

「すぐに発つわよ!」

 鏡台を破壊しかねない勢いで立ち上がり、クローゼットから目当ての白いドレスを引っ掴んで着替え始めた。

「ちょっと地味じゃないですか? 薔薇の都とも呼ばれる街に行くんですから、着飾らないと田舎者――って浮いちゃいますって!」

 指摘しつつもノネットは時間が惜しいとの意図を汲んで背中にあるリボンを結んでくれる。

「あなたエイベラの話をしているのよね? あそこはそんな華やかな表現が似合う土地だったかしら。わたくしの記憶では嘆きの森に帰らずの館、どちらかというと退廃的な言葉がしっくりくる、そんな街だったと記憶しているけれど」

「メレ様、それ何十年前の情報ですか?」

「――え? あ、あら? 現在(いま)はそうなの? 聞かなかったことにしてちょうだい」

 些細な反対にあいながらも身支度を整える。改めて鏡を覗くとノネットの意見は尤もで、肌の全てを覆い隠すドレスは年頃の女性が身につけるには固く地味だ。

「遊びに行くわけではないから、これでいいのよ。実際ここは田舎だから指摘されても間違いとはいえないし。さて――わたくしは化粧、ノネットは髪を。邪魔にならないよう編み込んで、リボンも黒でお願い」

 最低限の言葉だけで下される命令にもノネットは手際よく化粧道具を並べブラシとピンを用意する。
 メレは今度こそ大人しく淑やかに椅子へと落ち着いた。ここから先は暴れるだけ手元が狂い時間をロスしてしまう。
 鏡に向かい白粉を叩く。過剰にならない薄化粧を施し、最後の仕上げに瞳と同じ淡いピンクのルージュを引いた。
 背後ではノネットによって髪が結い上げられていく。透き通るような髪にブラシが当てられ、頬のラインを隠すよう控えめに残された揉み上げがポイントだ。ここで本来ならば髪飾りの一つでも挿したいところだが今回は控えるべきだろう。
 身支度を整えたメレの瞳に先ほどまでの絶望は窺えない。それどころか切れ長の目元は苛烈な印象を与える。そんな己の姿を確認し、今度はふわりと表情を和らげ――営業スマイルも完璧だ。
 商会のマークが入った箱と手鏡を鞄に詰め、最後の仕上げとばかりに白い手袋をはめた。