「わたくしの願いがパンケーキと同等だと思われては困るの。そこまでは教えられないわ。知りたければ、そうね。ランプと引き換えなんてどうかしら」

 名案だと告げれば僅かに笑いが零れる。

「良い性格で」

「貴方には負けるわよ」

 つられるようにメレの表情も緩む。このまま穏やかに時が過ぎるのかと思えるほどに。けれどそれで終わる間柄ではない。

「メレディアナ。その願い、俺が叶えてやろうか?」

「だから教えろ、ランプを渡せと?」

 躊躇いなんて微塵もない。考えるまでもなくメレの答えは決まっていた。

「出来ない相談ね。人間にランプを預けておくなんてこの先穏やかに生きていけないでしょう。なにより、わたくしの名にかけて負けを認めるわけにはいかないの」

 あっさり拒否されようとオルフェは残念がるわけでもない。まるで予想通りだと言われているようだった。

「わたくしは一人ではないから。メレディアナ・エイメ・ローゼンティーネ・マリシェ・エンテイラ・シャノア・エデリス・ル・ブランが宣言するわ。不戦敗なんて、我が名にかけてあり得ないことね」

「長いな」

「でしょうね。恩ある方や師の名を受け継いでいるの。別に憶えなくて結構よ。わたくしは多くの想いを背負って生きている、それさえ理解してくれればいいわ」

「ああ、それなら分かるぜ。俺もイヴァン家を背負う身だからな。先祖に情けない姿は晒せない、そういうことだろ?」

「ええ、互いに安い名ではないでしょう」

 オルフェはしっかりと頷いた。その頬を夜風が撫で、ここが外で目の前の女がドレス姿だったことを思い出す。

「悪い、寒くないか?」

「余計な心配ね」

 むき出しの肩に手が触れる寸前でメレは払いのける。

「対戦相手の心配をして何が悪い。俺は不戦勝で勝っても嬉しくないぜ」

「嬉しく、ない?」

 何度も発言を噛みしめてしまう。

「つまり貴方……勝てば嬉しい、負ければ悔しいの?」

「当然だろ。なんだ、その信じられないものを前にした顔は」

「貴方も人並みの神経をしていたのね」

「おい、本気で驚くことか?」

「驚くわよ! いつも澄ました顔で飄々として、てっきり何も感じないのかと思っていたけれど、そうなの……。決めたわ。最後こそ、完膚なきまでに負かしてやるんだから!」

 その整った顔を悔しさに染めてやろうと意気込んだ。やれやれとため息を吐かれようが関係ない。

「その勝負についてだが、少し時間をくれないか? さすがに俺も疲れていてな。三日経っても決まらなければお前の勝利で構わない」

「あら、それは三日後が楽しみね」

 メレは久々に打算のない満面の笑みを浮かべていた。彼といると取り繕う必要がなく気が楽なのは確かだった。