「観光名所でもあるからない。昼はもちろん夜も賑わうんだぜ」

「夜まで営業しているの?」

 不覚にも話題に釣られてしまったのは営業関係なので仕方がないと目を瞑る。

「夜はランタンを灯している。これから一週間は眠らない街になるぜ」

 オルフェが足を止めた店には季節の野菜やフルーツが色とりどりに並べられていた。

「おや、オルフェ坊ちゃんじゃないですか!」

「店主、邪魔するぜ」

 どう解釈しても顔馴染みの関係だ。隣に立つ男は伯爵のはずだが、気さくな関係を築いているようで驚かされる。

「ぜひ見てって下さいな! 旬の採れたてストロベリー、お勧めですよ。甘さも抜群で、ほら、あっちの出店なんかではアイスにもなってるんでね」

 差し出されたストロベリーは宝石のように艶やかな赤。説明の通り甘くて美味しいのだろう、メレは良い品ですねと微笑んだ。

「そっちのお嬢さんは見ない顔だがさては……坊ちゃんの良い人とみた! サービスしとくよ。せっかくだ、味見してご覧て!」

 何故、満面の笑顔で片目をつぶる。

「いいえ、それは違います。ただ偶然隣にいるだけですから」

 隣では同じように差し出されたはずのオルフェがしっかり味見していた。何ごともなかったように店主と談笑している姿を横目にメレは訂正を要求しようと口を開く。

「ちょっと、まっ――んっ!?」

 小さな赤い粒が口の中に飛び込み、反射的に開いた唇を慌てて閉じる羽目になる。
 口内に広がる風味に意識が傾き、確かに甘みが別格だと納得させられてしまった。

「美味しい……」

 思わず零れた感嘆に、だがしかしちょっと待ってほしい。
 先ほど自分は何をされていたのか。何故手に取ってもいない果実が口の中に……

「だろ! エイベラに来たら是非とも食べてもらいたいね。そんで、この街を気に入っておくれよ」

 誇らしげに語る店主の声が遠い。ほんの少し、だが確実に唇に触れた感触。細く美しい――けれどまごうことなき自分以外の、異性の指先である。

「な、なんてことしてくれるの!」

 我に返って怒鳴るもオルフェは平然としていた。

「何が?」

 出会って二日の女性相手に。しかも対戦相手に手ずから果実を食べさせるという所業。これは軽率な行動だと怒鳴っても許されるだろう。許されるに決まっている。許されるはずだ!
 それなのに罪深きオルフェは過剰反応を示す方が異常なのかと疑問を抱かせるほど平然としていた。