「いった!」

 名案を閃いたばかりの頭に激しい一撃をお見舞いされたのである。完全なる不意打ちに前のめりになるも、なんとか気合で踏み止まった。すべては文句を言うためである。

「天才の頭を殴った不届き者は誰!? わたくしの頭脳は国宝と知っての狼藉!?」

 とはいえ部屋への入室を許可し、さらには屋敷の『お嬢様』に暴挙を振るう人物への心当たりは一人だけだろう。
後頭部を押さえながら振り返れば想像通りの人物が呆れた表情を浮かべていた。

「もー!  その国宝級の頭大丈夫なんですか?」

 ショートカットに膝丈のズボンはまるで少年のような出で立ちだ。しかし声は高く、顔たりにも女性特有の可愛らしさが溢れている。もっとも可愛らしいと表現されるであろう顔立ちは、現在盛大に呆れているのだが。
 彼女は魔女メレディアナと契約を結んだ使い魔である。そう、あくまでメレが主人なのだが、彼女の手にしている紙製の武器から目が逸らせない。恐らく衝撃の正体である。主人相手になんと乱暴なツッコミか。

「だいたいメレ様は発想が極端すぎるんですよ!」

 親しい者は彼の魔女メレディアナをメレと呼び慕うのだ。

「うるさいわよ! ノネットこそ、わたくしの頭にどれほどの価値があると思っているの? 失われた歴史に、秘術を継承している貴重な頭脳よ。これで唯一の継承者が忘却なんてことになったら笑えないわ!」

 メレは使い魔ノネットの小さな両肩を掴むなり、信じられないと揺らしまくった。
 するとノネットは衝撃から身を守るため掌を返す。

「わ、わかりました! 叩いてすみませんでした! けど落ち着いて、落ち着いてください! なに血迷ったこと言ってるんですか!」

 そもそもの発端はメレの世界滅ぼす宣言である。主人とは打って変って落ち着き――を通り越して呆れを滲ませたノネットは問いかけた。

「え、あ、ああ………………何もなくてよ」

 さりげなく肩から手を外し、さらには視線も逸らし。長考の末、明らかに取り繕った発言は嘘としか取りようがないものだった。

「まったく、困った時はすぐ破壊で誤魔化そうとするんですから」

「まあ、世の中物騒な人がいたものね」

 素知らぬ顔で答えれば、貴女のことですよと言わんばかりの表情を返された。

「これだから座右の銘『困った時はぶち壊せ』の破壊系魔女様は……」

 どんな座右の銘だと本人否定のそれだが、ひとまず訂正は後回しである。こうして呑気に話している時間さえ惜しいのだ。猶予のないメレは覚悟を決めて口を開いた。