オルフェリゼ・イヴァンは愛しい妻との慣れ染めを訊かれたのなら「ある日、鏡から声が聞こえてきた」と答えるだろう。

 それを訊かされた者たちの反応は大きく分けて二通りだ。

 人に教えられない危険な橋を渡ったため誤魔化すしかないと勝手に震える解釈をし、聞かなかったことにする者。
 あるいは二人だけの秘密にしておきたいようだ。ご馳走様ですと生暖かい視線を向ける者。

 いずれも当のオルフェにしてみれば不本意極まりないことである。実際に起こったことを正直に話しているだけなのだから。

 あれは不毛にも鏡に向けて不満を零していた時のことだった。

「ったく、どいつもこいつも身を固めろ、結婚はいつだ? うるさくて嫌になる。相応しい相手が居ればとっくにそうしてるっての!」

 そこに映る己の姿、では隣に映る女はどんなものかと想像してみる。いまいちピンとこなかった。唯一身近にして可能性のある女性もいたが、彼女ではだめだった。

「この俺を捨てるとはいい度胸だ。百倍以上にして後悔させてやる」

 同じ写真に写る元婚約者も元親友もただでは済まさない。オルフェは勢いよく写真を伏せた。

「ならばどんな相手を望む?」

 幻聴か、けれど再度同じ質問が繰り返される。
 どうせ部屋には自分一人、おかしくなったと笑われることもない。戯言も一興かと質問に乗ってやった。

「そうだな……それなりに使える女でなければ困るが、ほどほどの愛情を注げる相手なら、それくらいで満足するさ」

 たいして高望はしないと適当に答えていた。

「つまり年齢は気にしないと?」

「別にたいした問題じゃない。年上でも構わないさ」

「なら、この彼女はどうだい?」

 姿絵ならぬ姿映しとでも言うべきか、見知らぬ女が鏡に映る。どんな幻かと目を疑いながらも、いよいよ夢ではないと信じ始めていた。
 重なった視線に息を呑む。けれど相手はオルフェの存在など目に入っていないのか身動き一つしない。そうだ、これがただの映し絵だったことを思い出す。
 まず目が向くのは珍しい髪色。白髪だが顔立ちは少女と呼べるだろうか。いや、会話の流れから察するに年上かもしれない。