最強の魔女と策士な伯爵~魔法のランプをめぐる攻防~

「はあ……ですがそれは、メレ様がお怒りになるのでは?」

「いいんだ。やれ」

 オルフェの発言からして怒るようなことをする予定なのかと警戒する。

「知りませんよ……」

 複雑そうな精霊を押し切りオルフェが手を差し伸べる。

「メレディアナ、来いよ!」

 露骨に警戒心を煽られて行くわけがない。だがメレが拒否する前に「どうせ来ないだろうから俺が行く」と距離を詰めてきた。行動は読まれていた。
 腰に腕が回り、もう片方の手で頭を引き寄せられる。何をするつもりか理解した時にはもう遅い。
 大きく見開いたメレの瞳には至近距離のあまりぼやけるオルフェの顔が映る。彼が何を思っているのか閉じられた瞳からは窺えない。ただ触れた唇が異様に熱く、メレの失ったものを埋めようとしているようで――胸がいっぱいだった。

 口付けを合図にオルフェの魔法が発動する。
 キラキラした光の粒が祝福するように降り注ぎ、止まっていたメレの胸が音を立てた。久々に聞くそれは早く力強い動揺を表していた。

 やがて二人の間に距離が生まれ、我に返ったメレが真っ先にとった行動といえば。
 盛大な張り手を飛ばすことだ。オルフェはこれも予期していたように難なく受け止めてみせた。

「な、何をしてくれるの!」

「俺の妻は手厳しいな」

 まだ一つしか達成されていないのに気が早いにもほどがある。

「当然の報い! 乙女の唇を奪っておいてむしろ張り手は温いわ。大人しく拳で成敗されなさい!」

「ロマンチックだろ? キスで魔法にかかるなんてさ」

「普通に叶えればいいでしょう! キスは必要なかった!」

 繰り出されたメレの拳は軽々と防がれる。

「おっと、もういらねーよ。キスだけでこんなに真っ赤になって可愛い奴だな。本当だ、ちゃんと可愛げもある」

「よくわからないけれど、失礼なことを言われているのだけはわかる!」

「褒めてんだ」

「嘘言わないで!」

「本心さ。いずれ全部奪われるんだ。覚悟しておけよ、愛しい花嫁」

 まだ二つも条件が残っているというのに敗北など想定していないのか、彼らは実に似た者同士であった。
 オルフェはメレの前に跪く。何事かと慌てるメレの左手を掬い、その薬指に指輪をはめた。
 大方ラーシェルに用意させたのだろう。周到なことだと指輪を見つめるが――
 シルバーのリングには薔薇の刻印が彫られている。ぴったりとメレの左手に納まるそれには見覚えがあった。