第3章 同棲

同棲生活、初日。

よーし!今日はキムチ鍋にしよう。

「ただいまー」

「っあ!おかえりなさい!お疲れ様」

おーちゃんは満面な笑みで帰ってきた。

「おっ!初日の日から俺の好きなキムチ鍋ですねー」

「体冷やして帰ってくるからね。でも初日なのに豪華に手料理振舞わないでごめんね・・・」

「俺がキムチ鍋好きって知ってて用意してくれたんだよね?頑張って作ってくれるのももちろん幸せだけど、俺は優子みたいに俺の好きなものを出してくれる方が幸せ感じるよ」

思わずドキッとする。

「そ、それなら良かった」

おーちゃんは完食した。

そして、お風呂を済ました。

お風呂から出た私は、ソファーに腰かけているおーちゃんの背中を見つめた。

生乾きでかき上げた髪。

ほんわか香るせっけんの匂い。

何かといちいちときめいてしまう。

頬が火照り胸が弾む。
 
私おーちゃんのせいで変態になってしまう・・・

その時、おーちゃんが振り向いた。

「なに?そんなジーっと見て。俺の後ろ姿見ておっさんだなー!って思ったんだろ?」

そう言っておーちゃんは口を尖らせた。

「ち、違うよ!」

私は我に返った。

「優子と釣り合う男でいられるように俺頑張んないとな」
 
「今でも十分おーちゃんは素敵だよ」

その言葉を聞いたおーちゃんは、何も言わず立ち上がった。

そして私を優しく抱き締めた。

「・・・おーちゃん?」

「ちょっとこのままで」

私の心臓の鼓動がおーちゃんに伝わっているはず。

抱き締め合ったまま数分が経った。

「・・・仕事から帰ってきたら優子がいる。これが毎日続くなんて素敵なことだな」

「私、おーちゃんに嫌われないように頑張る」

「それはこっちのセリフだ」

抱き締めていた腕をほどき、ソファーに誘導された。

「とりあえず家賃とかはなにも気にしなくていいからね。
食費も1ヶ月4万からにしてみようか?もし、無くなったら追加するからちゃんと言うんだよ」

「それじゃ、なんか悪すぎるよ!せめて食費くらいは私がだすから」

「いいから、優子はなにも気にしないで。おいしいご飯を作って待っててくれるだけで俺は幸せだから」

「ありがとう・・・じゃ、私にできることはなんでも言ってね。
料理の本買ってこれから一生懸命頑張るから。味は保証できないけどね」

「優子が作ってくれる手料理ならなんでも食べるよ。愛情がたっぷり詰まってるからね」

「うん、ありがとう」

こんな生活を想像していた時より、現実になるとこんなにも幸せに感じるなんて。

「いつかは一緒にお風呂に入ろうな」

「んな・・・恥ずかしいから嫌!」

「顔をすぐ赤くする優子も本当に可愛いな」

「やめてよ!もう」

照れながらも心中では喜んでいる私。

完全に変態だ・・・。

「ごめん、ごめん(笑)。
あのさ、2月くらいには連休取れると思うから、一泊二日で温泉旅行行かない?」

「っえ!うん。行きたい、行きたい」

子供みたいにはしゃぐ私。

「優子はほんと無邪気だな。おっけい!じゃ計画立てとくな」

おーちゃんは優しく私の頭を撫でる。

「うん、分かった」

「じゃ、そろそろ寝ようか」

「うん」

私たちはダブルベッドに横になり、

一瞬でおーちゃんの匂いに包まれた。

「うーん!おーちゃんの香り」

「おっさんの?」

「違うよー!すごくいい香り。ビックリするくらい」

夢の世界に吸い込まれるようないい匂い。

「なんか恥ずかしいな」

「おーちゃんも恥ずかしいなんて思うことあるんだ(笑)」

「そりゃ、好きな人に褒められたらそうだろ」

「そうだねっ」

なぜか私が照れた。

そして、腕枕されながら眠りについた。

翌日、

早起きをし張り切って朝食を作った。

「おはよう」

「っあ!おはよう」

おーちゃんは顔を洗い、イスに腰かけた。

「おー!朝から優子のオムライス食べられるとか、俺ほんと幸せ者だな」

「そんなに喜んでくれて、私の方が幸せ者だよ」

おーちゃんは味わって食べてくれた。

「ごちそうさま。美味しかったー」

「良かった。それと、お弁当も作っといたからお昼食べてね」

「おー、まじかよ。嬉しいよ。ありがとな」

「うん。これからも毎日作るからいらないときは言ってね」

「最初から無理すると疲れちゃうぞ」

そう言って私の頭をポンポンする。

「大丈夫!私がやりたいからやってるだけ」

「優子はまだ19歳なのにしっかり者だな」

「そんなことないよ」

おーちゃんのことが大好きだから。

大好きだから頑張ろうと思えたんだよ・・・

おーちゃんはテキパキと着替えを終えた。

「じゃ、仕事行ってくるよ」

「うん、頑張ってね。行ってらっしゃい」

キスを交わし、見送った。

そしてすぐに私もバイトが決まった。

数日が経ち、クリスマスの日がやってきた。

クリスマスやイベントごとは、おーちゃんは仕事が忙しく一緒に過ごせないことは分かっていた。

「優子まだ若いからクリスマスとかは彼氏とどこか出掛けたいよな?俺、仕事で帰りも遅いし寂しい思いさせちゃうけど、ごめんな・・・」

おーちゃんは申し訳なさそうに言う。

「大丈夫だよ!家でおーちゃんの帰りを待ってるからたくさんチキン売ってきてね(笑)」

「寂しいのにいつも笑顔でいてくれてありがとな。
本当に俺は優子に癒されてるよ。
寂しい思いばかりさせてる分、旅行ではたくさん楽しもうな」

「うちもおーちゃんに癒されてるよ。旅行楽しみにしてるね」

「っおう!今日帰りは遅いけど大きいチキン買ってくるから、お腹空くだろうけど少し待っててられるか?」

「うん、待ってるよ。一番大きなチキンよろしくね(笑)」

「特別だぞ!」

そして21時頃、チキンを持っておーちゃんが帰ってきた。

私たちは、チキンとちょっとした手料理でクリスマスパーティーをした。

しばらくするとおーちゃんが何かを差し出してきた。

「これ、クリスマスプレゼント」

「えっ!ほんと?開けてもいい?」

「うん」

それはブランドのマフラーだった。

「これブランドじゃん!こんな高いもの・・・」

「気に入らなかった?」

「ううん、凄く可愛い。嬉しいよ・・・。忙しい中買ってきてくれたんだね。ありがとう」

「寂しい思いさせたし優子に似合うと思ってね」

「冬はずっとこのマフラー使うね。本当に嬉しい。ありがとう」

私は限りない喜びに満ちる。

一緒にいれるだけで幸せなのにこんなことまでしてくれるなんて・・・

「私からもおーちゃんにプレゼントがあるんだ」

「えー、なになに?」

用意しておいた革靴を渡した。

「開けてもいい?」

「うん、いいよ」

おーちゃんは丁寧に開封していく。

「優子・・・嬉しいよ!俺ちょうど革靴買おうとしてたんだよ」

「だと思っておーちゃんが自分で買う前に買ってきた。
この間スーツ一緒に買いに行ったとき革靴も欲しそうに見てたもんね」

「ちゃんと俺のこと見ててくれてるんだな。マジで嬉しいよ。
さそっく明日から履いて仕事行くよ」

「うん、気に入ってもらえて良かった」

今までで一番幸せなクリスマスを過ごせました。

こんな幸せな毎日が続いた。

それから年が明け、2月に入った。

楽しみにしていた温泉旅行の日がやってきた。

「あー、ワクワクー!早く行こー」

旅行が楽しみで前日から一睡もできなかった。

「一睡もしてないのに元気だな(笑)」

「だって楽しみなんだもーん」

「初旅行良い思い出にしような」

「っうん。」

興奮して思わずおーちゃんに抱き着いた。

「はしゃぎすぎだよ(笑)」

「だっておーちゃんと旅行なんて嬉しくてテンション上がるだもん」

そんな私の頭を優しくなでてくれる。

「俺もだよ。じゃ、行こうか」

バスと電車を乗り継いで、2時間掛けて泊まるホテルに到着した。

「わー!広くて綺麗だね」

そこは、見るからに高級感の溢れるホテルだった。

「先払いなんだね。私いくら払えばいいのかな?」

「そんなこと優子は気にしなくていいんだよ」

「っえ!そんな・・・」

さすがに私は気が引けた。

「なら、全額出してくれる?(笑)」

「それは・・・」

私の困った顔を見て楽しむかのようにおーちゃんはほほ笑んだ。

「あはは!冗談だよ。その代わり楽しんでな?」

「うん・・・ごめんね。ありがとう」

今までだってどこに行くにもいつもお金を出してくれる。

私が出したことは一度もない。

18歳も下の私にお金を出させるわけにはいかないって思ってるのかな?

それがおーちゃんのプライドなのかと思うと何も言えず、いつもいつも甘えていた。

本当にありがとう・・・。

私たちは部屋に向かった。

「わー!部屋も広いねー。眺めも最高だよ」

景色を背景に2人で写真を撮った。

しばらく部屋でまったりしているとチャイムが鳴った。

私はドアを開けた。

「お食事の時間になりましたので8階のレストランまでお越しくださいませ」

「分かりました」

丁寧な対応とサービスに

「おーちゃん、ご飯の時間だって。行こう」

「おう!行くか」

レストランに着き、食事は既に用意されていた。

豪華なメニューにとても満足した。

食べ終えた私たちは部屋に戻り、それぞれ温泉に入った。

「温泉気持ちよかったー」

「俺も。やっぱり温泉は最高だな」

「うん。おーちゃんの疲れが取れたなら良かった」

「だいぶ癒されたよ。優子もゆっくり浸かったか?」

「うん。気持ちよくて寝ちゃいそうだったよ」

「ゆっくりできたなら良かったよ」

それから時間が過ぎていき、おーちゃんはベッドに横になりながらテレビを見ていた。

そろそろ眠くなってきた私は、もう一つのベッドに横になった。

しばらくして、私が寝ているベッドにおーちゃんが入ってきた。

「せっかく旅行に来てるのに別々に寝るなんて寂しいだろう?優子が泣くといけないからな(笑)」

「別に泣かないし(笑)」

おーちゃんはいつも私を子供扱いする。でもそんなおーちゃんが愛しくてたまらない。おーちゃんといると居心地が良すぎて一時も離れたくないと思ってしまう。

その日、付き合って初めておーちゃんと一つになった夜だった。

次の日、
「おはよう!」

「おはよう!良く寝れたか?」

「うん。気持ちよく寝れたよ」

「おーちゃんは?」

「俺も、ぐっすり寝れたよ」

そして、ホテルをチェックアウトした。

今日は初陶芸をしたり、ロープウェイに乗ったりと色々して回る予定だった。

昨日までは晴れの予報だったのが、急に天気が怪しくなってきたので、携帯で天気予報を見てみたら大雨警報がでていた。明日はおーちゃんが仕事のため、電車が止まると帰れないから急遽予定を変更して早めに帰宅することにした。

明日は本社のお偉いさんがお店に来るとのことでもう一泊することは出来なかった。

「ごめんな・・・せっかくの初旅行が台無しだな」

「そんなことないよ。天気はどうにも変えられないし、しょうがない!それに温泉は入れたじゃん。私は楽しめたよ。また旅行行こうね」

「次の旅行ではもっと楽しませてあげるからな」

「うん、楽しみにしてる」

おーちゃんは、自分が仕事忙しいせいで、なにをしてても私を満足させてあげれてないと罪悪感を感じているのが口に出して言わなくてもなんとなく伝わってくる。

そんなおーちゃんに私は「大丈夫だよ!」と言うことしか出来ない。その言葉が逆におーちゃんを罪悪感に導いてしまっているのかな・・・
もっと上手いこと言ってあげられたらいいんだけど。口下手でごめんね。

あの時、また旅行に行こうね!って約束したのに・・・

この旅行が最初で最後になるなら大雨だろうと、電車が止まって帰れなくても1日中色々回って、もっと思い出を作ってたのに・・・

私たちは電車が止まる寸前に帰ることができた。

「無事に帰ってこれて良かったね」

「だね。俺らが乗った電車が最後でその後の電車から止まったとか、笑っちゃうよな」

「本当!運良かったね」

たわいない話をしながら家でまったりして、2人とも疲れていたせいか早めに眠りについた。

季節は春を迎え5月に入った。

5月22日、今日はおーちゃんの38歳の誕生日。

誕生日の日は、付き合う前に食事に行ったときに聞いていた。

私はおーちゃんを驚かすため今日という日まで一切、忘れているかのように誕生日の話はしないようにしていた。おーちゃんもあえて自分からは言ってこなかった。

おーちゃんを仕事に見送ってから、今日は誕生日プレゼントを買うため、莉子と出掛ける約束をしていた。

時間になり待ち合わせ場所へと急いだ。

「ゆっぷー!待った?遅くなってごめんね」

「ゆっぷ」とは中学からの私のあだ名。

「いや、私も今着いたところだから大丈夫だよ。それより、買い物に付き合わせちゃってごめんね」

「それは全然大丈夫だよ。それに、ゆっぷが店長のところに行ってから、なかなか会えなかったしね。店長との話も聞きたいし」

「ありがとう。確かに連絡もあまり取ってなかったもんね・・・」

「うん。寂しかったんだからね。ってか、店長とはどんな感じなの?」

店長と過ごしてきた日々を説明した。莉子は笑顔で聞いてくれた。

「今のゆっぷは本当に幸せそう!ゆっぷが幸せなら私まで幸せになるよ」

「ありがとう。私初めて結婚したいって思ったの。やっぱりこんなこと思うのはまだ早いかな?」

「そんなことないよ。思うのは自分の勝手じゃん。それにゆっぷは今まで何人もの人と付き合ってきてたけど、「結婚」って言葉を言ったのは初めてだよね?こんなに幸せそうなゆっぷ見たことないかも(笑)。本当に素敵な人と出会えたんだね」

莉子はいつもいつもどんな話でも真剣に聞いてくれる。だから中学の時から一度も喧嘩をしたことがない。私の相談相手は莉子1人だけ。それで十分。

色んな話をして、ショッピングモールに着いた。

誕生日プレゼントはもう決めていた。

おーちゃんは煙草を吸うから、ジッポとネクタイを買う予定。2人で選んでプレゼントが決まった。6時間くらい色々なところを回って、私たちはバイバイした。

莉子とバイバイしてから家の近くで食材を買った。

買い物が終わり家に着いた私は、早速料理を始めた。今日は特別な日だから一段と頑張った。

それから、19時過ぎにおーちゃんが帰ってきた。

「ただいま」

「おかえりなさい!お疲れ様」

「おー!今日はなんか豪華じゃない?良いことでもあったの?」

「うん。今日はおーちゃんの誕生日だから!おめでとう!」

「なにー!覚えててくれてたの?俺自身忘れてたよ」

「当たり前じゃん!頑張って作ったから早く食べて」

「おう、ありがとな!いただきます」

「めしあがれ」

おーちゃんは何度も何度も美味しいと言って完食した。

そして私は用意してあったプレゼントを渡した。

「え!プレゼントまであるの?超嬉しいんだけど!本当ありがとな。大事にするから」

「喜んでもらえて良かった!お金があまりなかったから安物だけど・・・」

「値段は関係ないよ!本当にありがとう」

おーちゃんはとても喜んでくれた。

そんなおーちゃんの顔を見ると私まで嬉しくなる。そして時間はあっという間に過ぎ、私たちは眠りについた。

そして、6月に入ったある日、いつものように朝ご飯を食べ、おーちゃんを見送った。

今日はバイト休みだから部屋の掃除でもしよう。

おーちゃんは仕事には真面目だけど料理は全くできず、部屋を片付けることも滅多にしない。

私がおーちゃんの家に一緒に住む前から1つの部屋は物置状態で、棚の中もぐちゃぐちゃだった。きっと元奥さんと離婚してから一度も片付けたことはないのだろう。

私は物置状態の部屋から片付け始めた。

そしてすぐに見付けてしまった。一番見たくないものを・・・。それは、元奥さんとの結婚式の写真。高そうなガラスの写真たてに飾られてあった。私はそれを見て一気に寂しくなり泣きそうになった。

部屋はまだ全く片付いていないが今はそれどころではない。元奥さんはとても綺麗な人。だからこそ不安になる。

前に離婚の原因を聞いたことがあった。子供が早くに出来なかったこと、お互いに仕事が忙しくすれ違いが増えたこと、家にいても全然会話をしなくなっていたこと。その話の最後に言っていた、元奥さんは出て行ったと。

私はその言葉が気になっていた。出て行ったってことは、奥さんの方から愛想を尽かして出て行ったって意味?だとしたら、おーちゃんの今の気持ちは?まだ未練あるのかな?

おーちゃんの方から愛想を尽かして離婚した!って聞いた方がまだ寂しくならなかったよ・・・

確か離婚したのは2年前って言ってたよね?12年の結婚生活で、離婚してまだ2年しか経ってないんだよね?別に今更離婚の原因なんて気にしてない。別にどうでもいい。今のおーちゃんは私と一緒にいてくれているから。なにも心配しなくていいんだよね?私の考えすぎなだけだよね?そうだよ!ただの私の妄想に過ぎない。

私は片付けを止め、携帯を手に取り、おーちゃんにメールをしてしまっていた。送ってから後悔した・・・写真くらいあってもおかしくないのにね・・・それでもその時の私はまだまだ子供で黙って気持ちを抑えることが出来なかった・・・

「おーちゃん!部屋を片付けてたら、結婚式の写真がでてきたんだ。聞くまでもないとは思うんだけど、まだ、未練があるわけじゃないよね?」

そして休憩に入ったころに返信がきた。

「ないよ。今想ってるのは優子だけだから」

「なら良かった!ごめんね。忙しい時にこんなメールしちゃって」

それから返信はなかった。

高校時代の私なら、嫌なことがあったらどんな理由だろうとすぐに別れていた。だけど今回は別れたくない。おーちゃんとずっと一緒にいたいから。

ほらね、私の考えすぎなだけ。気にしない!気にしない!バカだね私。くだらないこと考えちゃってさ。おーちゃんが未練あるはずがない。だって私のこと好きって言ってくれてるんだから。

その時の私はそう自分に言い聞かせることしかできなかった。

私は落ち着き部屋の片づけを続けた。

そして夜になりおーちゃんが帰ってきた。

「ただいま」

「おかえりなさい」

今日の私が送ったメールのせいで2人の間には気まずい雰囲気が流れていた。お互いにメールのことは一切触れなかった。仲良く話したいのに申し訳なくて言葉がでてこない。おーちゃんが仕事から帰ってきて、こんなにもぎこちない会話をしたのは今日が初めてだった。そしてお風呂も済まし、ほとんど会話がないまま私たちはお互いに背を向けベッドに入った。

明日起きた時には仲良く会話が出来ると信じて、今日はとりあえず寝よう!今は話し掛けない方がいいと思った。

2人がベットに入って10分くらい経過したころ、

「優子・・・?寝た?」

おーちゃんが口を開いた。

「まだ起きてるよ」

「写真ごめんな・・・」

「ううん。大丈夫だよ。私こそごめんね」

「いや、俺は大丈夫」

それ以上はお互いになにも言わなかった.

朝になり、

「おはよう、優子。昨日は部屋の片付けありがとな」

昨日の気まずかった雰囲気とは裏腹に、朝からおーちゃんは笑顔だった。だから私も笑顔になった。昨日のことが馬鹿らしく思えた。

「どういたしまして」

そして、おーちゃんを笑顔で見送った。

その日からおーちゃんはいつも以上に優しくなっていった。きっと気を遣ってくれているのだろう。

おーちゃんはなぜ私に優しくなんかしたの?結局一緒になれないなら優しくなんてしてほしくなかったよ。私は本当におーちゃんを信じてたんだよ。

それから6月中旬になり、いつものように夕ご飯を作っていた時のことだった。

私は棚からゴミ袋を引っ張り出した。

その途端、大量になにかがこぼれ落ちた。それはアルバムだった。

ついこの間、部屋を片付けてた時に見付けてしまった結婚式の写真を思い出した。

その時に中を見ないでさっさと直せば良かったのにね。なんで私見たりなんかしたの?自分に得するものが入ってるはずがないのに。

私はアルバムを開いて見てしまった。

そこに入っていたのは結婚式の写真、海外旅行の写真、犬の写真等が入っていた。

犬も飼ってたんだ。元奥さん本当に綺麗な人。どの写真もおーちゃんは幸せそうな顔をしていた。

本当はおーちゃんと一緒に住むとなった時からこんなことは覚悟していたはずなのに。12年も元奥さんとこのお家に住んでいたんだからなにもないはずがないよね。写真の1枚くらいは必ず出てくるだろう・・・。って、思っていたはずなのに。なんでこんなに苦しいの?胸が痛いよ・・・。

なぜかおーちゃんが遠く感じた。

私はアルバムを見終えると机の上にまとめて置いた。

苦しくて不安でなにも考えたくなかった。

気を落ち着かせるため、飲み物を買いに外に出た。歩いている最中に頭に浮かんでくるのは、写真の中のおーちゃんの笑顔ばかり。私にも沢山の笑顔を見せてくれたのに、今はそんな笑顔が思い出せない。

なんで?どうして?おーちゃんの笑顔があんなに好きだったのに。ご飯を作って待っていればおーちゃんは必ず帰ってくるのに、今日はなぜか帰って来ないんじゃないかと不安になるくらい。

おーちゃんはもちろんいつも通りにただいま!って帰ってくる。そんなおーちゃんに私は笑顔でおかえりなさい!って言える?

飲み物を買って家に着いた私は夕ご飯を作り終え、テレビを見ながらおーちゃんの帰りを待っていた。今日はおーちゃんの帰りが一段と遅く感じる。

そしてドアが開いた!

「ただいま!」

おーちゃんは笑顔で帰ってきた。

私は笑顔でおかえりなさい。が言えなかった。それどころかなにも言葉が出てこなかった。ただただ涙をこらえるのに必死だった。

「優子?ただいま!」

「あ!うん。おかえりなさい」

「なんかあった?」

私は何も言わず机の上にまとめて置いてあったアルバムを指差した。

「それ・・・見たの?」

さっきの笑顔とは裏腹に真剣な顔で聞いてきた。

「・・・うん。棚からこぼれ落ちてきたの。前に出てきた写真ならともかく、この写真とかも捨てられなかったの?同棲するってなったときから元奥さんとの思い出とかは捨てるなり分からない場所に置いとくとか少しの配慮でもしてほしかったよ・・・」

おーちゃんを責めるつもりはなかったのに、気が付けばおーちゃんを困らせていた。

「ごめん・・・元嫁が全部持っていったと思ってた。離婚してから棚とか開けてもないから気付かなかった。俺も今見て正直驚いてる」

私は冷静な判断ができないでいた。

「じゃ、今すぐ私の目の前で処分してって言ったら捨てられる?」

おーちゃんは下を向いたままなにも答えなかった。

なんでよ・・・もうなんとも思ってないなら今すぐ捨てられるでしょ・・・なんで捨てられないの?まだ未練があるから?大事にしたい過去なのは理解できるけど、それなら黙ってないでちゃんとそう言ってよ・・・

言いたいことは沢山あるのに何一つおーちゃんに言えなかった。おーちゃんの困った顔を見たいわけじゃないから。

「私一旦、実家に帰るね」

今更後悔しても遅いのに。言ってしまったことはもう戻せない。

あんなこと言わなかったら、私はまだおーちゃんの家にいれたのかな?

実家に帰るな!俺のそばにいろ!俺が愛してるのは優子だけだよ!

ってそんな言葉を言ってくれるんじゃないかとどこかで期待していた。

そうやっておーちゃんが言ってくれたら、全て過去のことなんだからこれを機にもうなにも気にしない。おーちゃんとの未来だけを考える。

って、そんな風に思えたのに・・・

私って本当に馬鹿だね。実家に帰るのを止めてくれると勝手ながらに思ってたよ。だって私だけを見てくれてると思っていたから。

「そうだね・・・。2人の今後のために俺らは離れた方がいいと思う」

「今後のためにってことは別れたいってこと?私が実家に帰るって言ったのは別れるって意味じゃないよ?」

「分かってるよ!じゃなくて、中途半端なことになるなら別れた方がいいってこと」

私は予想もしていなかった言葉になにがなんだか分からなくなっていた。

「なんでそうなるの?私のこと嫌いになった?」

「違うよ。優子前に言ってたよね?結婚するなら早めにしたいって。俺結婚する気ないんだ。誰とも。1回離婚してるからもう結婚はしたくないんだよ」

「なにそれ?ずっと一緒にいてほしい。って言ってくれたじゃん。嘘だったの?」

「思ってたよ」

「ならなんで?今更結婚はしたくないだなんて都合が良すぎるよ・・・だったら、私のこと弄んでた!って言えばいいじゃん」

「そんなんじゃないよ。誤解されて仕方ないけど、俺の過去のことでまた傷付くと思うし、やっぱり優子はまだ若いからこれからもっともっと出会いあるから」

「おーちゃんの過去のことではもう傷付かないから。結婚もしなくていい。ただ、おーちゃんとずっと一緒にいたい」

「そうゆう問題じゃないんだよ」

「じゃ、どうゆう問題なの?」

「今日こんな話すると思ってなかったから正直頭が回らない」

おーちゃんはなにが言いたいの?なにを言ってるのか理解出来ないよ・・・

「分かったよ・・・じゃ、今週まではバイトをやるから、来週中には実家に帰るね!それまではいてもいい?」

「うん」

これ以上おーちゃんになにを言っても無駄な気がした。私は辛いはずなのに涙はでてこなかった。なにが起きたのかまだ頭の中で整理しきれないでいた。

おーちゃんは自分の気持ちを全ては話してくれない。きっとおーちゃんも自分の中で整理しきれないでいるんだね。

私たちは別々に寝た。こんなにも近くにいるのにこんなにも遠くに感じるなんて。

次の日、お互いに「おはよう」の言葉は交わさなかった。

「じゃ、行ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい」

その会話だけだった。

私はその日、体調を崩してしまった。熱があり、頭痛、腹痛、吐き気。あまりにも酷く今日はバイトを休んだ。

きっと、昨日のことで悩みすぎちゃったのかな。今は思ったより気持ちは落ち着いてるのにな。

ただ、私はこの十ヶ月間遊ばれてただけなんだ。もう結婚は出来ないとか言って自分の寂しさを私で利用してたんだね。私も昔はそうだった・・・

たった10ヶ月で満足できた?それとももっと遊びたかった?いい大人がやることじゃないよ。

私はそんなことしか考えることができないくらい悔しかった。本当はそんなんじゃないのに。おーちゃんの気持ちに気付いてあげられてたら、おーちゃんを苦しめないで済んだのに。おーちゃんのことあんなに好きだったのに、別れを告げられた途端、悪いことばかりを考えてしまう私はまだまだ子供だね。本当にごめんね・・・おーちゃん。

体調を崩していたが、早くこのお家から出ていきたいという気持ちが高まり荷物を全てまとめた。

バイト先には「実家に帰ることになり辞めさせていただきます。突然で申し訳ありません」と電話をした。

そして夜になり熱は更に上がっていた。ご飯を作る気力もなく、近くのお弁当屋さんでおーちゃんの分だけお弁当を買った。私はだるさのあまり眠りについた。

目が覚めた時には既に朝になっていた。

「おはよう。もう荷物まとめたんだね」

「うん。やっぱり今日中に帰るね。別れてるのに一緒に住むのはお互いに気まずいと思うからさ」

「そっか・・・ごめんな・・・」

「謝らないでよ。もっと悲しくなるから」

「分かった。じゃ、仕事に行くよ」

「うん、行ってらっしゃい。今までありがとうございました」

「こちらこそ・・・じゃ気を付けて帰ってね」

「うん。バイバイ・・・」

これで私たちの10ヶ月間の恋は終わった。

私は荷物を配送業者に頼み、合鍵をポストに入れ実家に帰宅した。