第2章 変化

そんな中でも店長が私に対して最近よく言ってくる言葉がある。

「仲間ちゃん、今日も可愛いね」

いつから「仲間ちゃん」と呼ばれるようになったのかは覚えていないが、いつの間にかそんな風に呼ばれていた。

季節はすっかり夏になり8月に入ろうとしていた。

「仲間さんはこの4ヶ月で仕事をよく覚えてくれて、それに作業が早いし本当に助かるわ。
若いって違うわね」

普段は滅多に褒めてくれないチーフが、なぜか今日はやけに褒めてくる。

褒められて嫌な気はしないが、少し不気味に思ってしまう。

「そんなことないですよ。覚えが早いのは若いからではなく、チーフ達の教え方が分かりやすいからですよ」

「またまた、そんな可愛いこと言ってもなにもでないわよ」

よくパートさんが口にする言葉だ。

「分かってますよ(笑)」

「っあ、そーいえば最近店長、仲間さんのこと気に入っているみたいね」

「っえ!どうしてですか?」

「だって、仲間さんがこのお店に来る前は、店長全然惣菜の作業場に顔出さなかったのに。ここ最近よく顔を出すじゃない?あなたのその可愛い顔を見に来てるのよ」

私は自分がこのお店に入る前のことは知らない。

だから、店長が全部の部門に顔を出しているのが普通だと思っていた。

「それは違いますよ。ただ仕事をサボっていないかチェックしに来ているだけですよ」

「そうかしら?でもこの間休憩室で、店長と正社員の男性たちが話してて、「仲間ちゃんこの店舗の中で一番可愛いだろ」ってまで言ってたわよ。
声が大きかったから聞こえっちゃったのよ。仲間さん本人にもよく可愛いって言ってるじゃない」

確かに言われているのは事実。

だが、店長は結婚していると勝手ながらに思っていたので、恋愛感情を持っていてくれてたなんて想像もしていなかった。

「確かにそれは言われますけど、店長結婚してますよね?ただからかってるだけですよ」

「あら、知らなかった?店長バツイチみたいよ。詳しいことは分からないけど子供はいないみたい」

「そうなんですね」

バツイチだったんだ、子供がいないなら付き合うのに抵抗ないかも。

この時には既に店長のことが好きであると自分でも把握していた。

好きなのに今思えば店長のことなにも知らないじゃん。

「チーフ?」

「なに?」

「店長って何歳なんですか?」

「去年、36って言ってたから今年は37歳ね。
仕事にあんなに真面目でみんなからも好かれるタイプだし、若く見えてカッコイイのにもったいないわよね」

「本当ですね。37歳だったら、私と18も差があるんですね」

「そうね、でも恋は年なんて関係ないのよ。
どんなに年の差があろうとその人のことばかり考えてしまっている時点で好きってことなのよ」

長年生きてきた人が言う言葉だからこそ説得力がある。

チーフはそれ以上はなにも言ってこなかったが、気付いてはいただろう。

私が店長のことを好きだと。

なぜなら、店長とは2人で食事に行ったりパチンコに行ったりしていたので、店内では私と店長が仲良しだと噂になっていたから。

と言っても、休みの日に1日2人で出掛けるというわけではなく、仕事終わりに1、2時間食事などをする程度だった。

もちろん何も進展はなく、話す内容は仕事のことばかりだった。

だからお互いのことは全然知らなかったんだよね。

仕事が終わり帰宅して、お風呂やご飯を済ませベットに横になった。

そして色んなことを考え始めた。

私って高校生の時までは、気になった人がいたらすぐに告白をして付き合ってみたり、好きでもない人から告白されて付き合ってみたりの繰り返しだったもんな!
もちろんそんな気持ちで続くはずもなく、付き合ってはすぐ別れるの毎日だった気がする。
別れて辛い時もあったけど、そんな時こそ次の恋で忘れようとしていただけなんだよね。

高校生の時までは、それが当たり前だと思っていた。

だから長続きをしているカップルを見ても羨ましいという感情はこれっぽちもなかった。
むしろ、あんなにずっと一緒にいても絶対飽きるでしょ。
そんなんだったら色んな人と付き合ってた方が人生楽しいよ!と思っていた。

きっとそれは辛いことから逃げ、人生楽しんだもん勝ちだと、自分に言い聞かせていただけなんだよね。

でも、玉森店長と出会ってから自分の中で何かが変わっていくのが分かった。

今店長のことが好きなのに、なぜ未だに告白していないんだろう?今までの自分ならすぐ告白していたはずなのに・・・。

その時思ったんだ。

この気持ちが本当の恋なのだろうかと。

付き合ってすぐに別れるんじゃ、好きになった意味があるのだろうか?

ただ寂しいという気持ちを紛らわすためだけに付き合っていたんだろうか?

そんなことを思うと、自分がとてつもなく情けなく思えてきた。

でも、今の自分は変わったんだ。

変わったというより変えてもらったんだね、玉森店長に。

店長と食事に行ったときも、私のこと気に入ってくれてるのかな?もしかして店長も私のこと好きなのかな?って思ってしまうような素振りもよくある。

それでも、好きとか付き合って、という言葉は言ってくれない。

やっぱり店長からしたら私はまだ子供にしか見られていないのかな?

それとも本当にからかわれているだけ?

まぁ・・・今は時間が経つのを待とう。

いつの間にか眠りについていた。

季節は8月下旬になっていた。

「仲間さんが入ってきてからもうすぐで5ヶ月ね。早いわねー。
そうだ!明日仲間さん休みだから、今日惣菜部の人達で飲みに行かない?仲間さんも少しは飲めるでしょう?」

「はい、飲めます。行きたいです」

これが仕事の付き合いってやつか。楽しみだな。

仕事が終わり、惣菜部の全員が集まったところで駅ビルにある居酒屋へと向かった。

「はーい、今日の飲み会は初めて惣菜部全員が集まりました。
仕事も大事ですが、もちろん息抜きも大事です。
今日は仕事のことは忘れて、パーッといきましょう。それでは、乾杯!」

「カンパーイ」

飲み会が始まった。

それから1時間が経過した頃、突然チーフが辺りに響くような大きな声をあげた。

「あー、店長こっちこっち」

えっ、なんで玉森店長が?

私は唖然とした。

「遅くなりました。急にお店が混みだしてきちゃって」

「大丈夫、大丈夫!お疲れ様。さぁ、店長が合流したところで改めて乾杯しましょう。仲間さんの隣に座って」

「喜んで!仲間ちゃん、今日の私服姿も可愛いなー」

「やめてくださいよ!」

いつもこんな感じで言ってくる。

大勢いるなかでどうして普通にそんなことが言えてしまうのだろう?私はそうゆう部分が理解できない。

まぁ、嫌な気はしないんだけどね。

「ほらほら、そこの2人イチャイチャしないの」

「し、してませんよ!店長がふざけたことを言うからですよ!」

「本当のことを言っただけです(笑)」

「仲間さんはいいなっ!若いし可愛いし、こんなハンサムな店長に好かれるなんて(笑)」

「チーフまでやめてくださいよ!」

ダメだ。今は総菜の人達がいるから店長との会話は控えよう。

店長が合流してから約2時間が経とうとしていた。

「バスがなくなるので私はそろそろ失礼します。今日はありがとうございました」

「もうこんな時間だったんだ。遅くまでごめんね」

「いえいえ、大丈夫ですよ、楽しかったので」

「仲間ちゃん帰っちゃうのか・・・。襲われないように気を付けて帰るんだよ。なにかあったらすぐ俺に連絡して」

「はい、分かりました。」

店長の言葉が嬉しかった。

だが、みんなの前であったためその一言しか言えなかった。

「いくら払えば大丈夫ですか?」

「いいよ、いいよ、可愛い仲間ちゃんの分は俺が払うから!気にしないで大丈夫だから、バスがなくなる前に早く帰らないと(笑)」

「あらっ!店長ったら、仲間さんにはとことん優しいのね。羨ましいわ」

「なんかすいません。今度おごります。ありがとうございます」

「おっけい!今度おごってもらうよ(笑)じゃ、気をつけてな」

「はい、ごちそうさまでした。失礼します」

なぜ彼氏でもないのにあんなことを言ってくれるの?

ただの優しさなんだよね。

そんなこと言われたらもっと好きになっちゃうじゃん。

私たちは18も離れてるし、店長は一回離婚を経験しているから、きっと遊びの付き合いはしないだろう。

だから19歳の私を恋愛対象として見てくれるはずがない。

きっと私たちは付き合うことなくこのままの関係が続くような気がしていた。

だから、これ以上好きにならないようにと何度も何度も自分に言い聞かせた。

後から聞いた話だが、その日の飲み会は惣菜部のみんなが考えた、私と店長の関係を縮めるための作戦だったそうだ。

ありがたいけど、正直私たちのことは私たちに任せてもらいたい。

そこまでしてくれても店長と付き合う保証なんてないのだから。

私は、ギリギリで最終のバスに間に合い、無事帰宅した。

翌日、

「あー、よく寝た!」

って寝過ぎか!もう13時じゃん。

久々にこんなに寝たからスッキリした。

今日はなにも予定ないからゴロゴロしてよー。

お昼ご飯を食べ終えてベッドに横になり携帯を見ると1通メールがきていた。

店長だ!

店長からのメールだと分かり嬉しくて飛び上がった。

「おはよう。昨日は無事帰宅した?仲間ちゃんからの連絡待ってたんだけどなー(笑)」

どうして私からの連絡待ってたんだろう。どんなメールを待ってたの?

「おはようございます。昨日は無事に帰宅したので連絡しませんでした。すいません」

すぐに返信がきた。

「いやいや、誤ることじゃないよ!無事に帰ったなら良かったよ。ところで明日さ、仕事が終わったら食事行かない?明後日休みでしょう?」

今までも何度か食事はしてきたから、誘いに対しては驚きはしなかった。

昨日の飲み会のせいでなんか緊張しちゃうな。

「いいですよ。昨日のお礼で明日は私がおごります」

「よっしゃ!じゃ決まり。明日はいつものところじゃなくて、おいしいお寿司屋さんがあるからそこでいい?」

「お寿司いいですね。そこ行きましょう!楽しみにしてます」

「っおう!じゃまた明日な」

「はい、また明日。お仕事頑張ってください」

店長とのメールのやりとりはなによりも嬉しくてニヤリしてしまう。

次の日、

「店長、おはようございます」

「っあ、おはよう!今日はお腹空かせといてね」

「っはい!」

私は元気よく返事をした。

そして、休憩の時間に入り1人でご飯を食べていると、

「仲間、お疲れ。ここ座っていい?」

「っあ、山田君、全然いいよ」

「仕事は慣れてきた?」

「うん、楽しいよ。山田君は?」

「俺も余裕。つか、仲間と店長っていい感じなわけ?」

「えっ、なんで?」

「パートさん達も噂してるし、店長とこの間話してた時この店舗で一番可愛いと思う子は誰?って話題になったんだけど、店長が「俺は仲間ちゃんかなー、ちょこんとしてて本当に可愛い!」って言ってたから」

「そうだったんだ。まぁ2人で食事行ったりはしてるけど本当にそれだけだよ」

「なーんだ、もうてっきり付き合ってるのかと思ったよ」

「噂されてたらそう思われても仕方ないよね」

「でも、みんな応援してる感じだったから頑張れよ!」

「いやいや、そんなんじゃないよ。じゃ、そろそろお店に戻るね」

「おうっ!行ってらっしゃい」

店長と私が付き合えたらどんなに幸せか・・・山田君よりも誰よりも私がそれを願っているのに・・・。

仕事が終わり休憩室で店長を待っていた。

「仲間ちゃん!お待たせ。遅くなってごめんね。お客様からのクレームが入っちゃって」

「全然大丈夫ですよ!お疲れ様です」

「ごめんな。急いで着替えてくるからもうちょっと待ってて」

「はい」

2、3分後

「お待たせ、行こうか」

「はーい」

私たちは店長おすすめのお寿司屋さんに着いた。

「ここ、ここ、ネタいいし上手いし俺の好きなお店なんだ」

「本当ですか?楽しみっ」

私たちは案内された席について注文をした。

こんなお洒落なお寿司屋さん誰と来たことがあるんだろう?

男同士で入るようなお店ではないよね。

そんなことを考えちょっぴり切なくなった。

しばらくして、見るからに高級なお寿司セットが運ばれてきた。

「いただきます」

・・・!

「うん!!肉厚で凄く美味しいです。安い回転寿司しか行ったことなかったからこんなにおいしいと思ったお寿司は初めてです」

あまりのおいしさに私は感激した。

「喜んでもらえて良かったー!」

店長のホッとした顔を見て私は嬉しかった。

そして私たちは会話に夢中になり、既に23時を回っていた。

「やばい!仲間ちゃん、もうこんな時間だ!」

「っあ!本当だ。帰りましょうか」

「ごめんなー、全然気付かなくて」

「いやいや、私も会話に夢中でしたから大丈夫ですよ。じゃ、お会計済ませてくるので外で待っててください」

「待って」

伝票を取り上げられた。

「いいから、俺が誘ったんだからさ。外で待ってて」

店長がニコッとはにかみ、私はそれにもドキッとした。

「いつも本当にすいません。ごちそうさまです」

店長は、私が何度おごると言っても毎回毎回、「また、今度おごってもらうよ」と言っていつもお金を出してくれる。

彼女でもないのに、今は上司と部下でも割り勘が普通になってるのに。

そんな優しさが正直辛い。

私たちはお店を出た。

「こんな夜に1人で帰せないから、外泊が大丈夫なら今日は駅近くのホテルに泊まっていかない?」

ホテルとなるとさすがに私は戸惑ってしまった。

「あはは、心配?ラブホテルじゃないし、ビジネスホテルにもちろん部屋も別だよ。
ただ、こんな夜遅くに1人で帰らせてなにかあったら大変だし、時間を把握していなかった俺の責任だからさ。
まぁ、無理にとは言わないよ」

「泊まっていきます。1人で帰るの怖いですから(笑)」

本当は1人で帰るのなんて全然平気。

ただ、これも私の中で1つの思い出として残ってほしかった。

「おっけい!」

私たちはビジネスホテルに向かい受付をした。

空いている部屋は、2人部屋の1室しか空いていないとのことだった。

「あー、じゃー・・・」

店長が困っていると、私はとっさに言葉が出てしまった。

「大丈夫です!そのお部屋でお願いします」

「原則として2人部屋は1人では宿泊出来ないことになっておりますが、いかがなさいますか?」

「2人で大丈夫です」

店長の返答を聞かず即答した。

そして、チェックインをして部屋に入った。

「・・・やっぱり、ホテル出ようか。タクシーで帰ろう」

店長は明らかに動揺をしていた。

「いや、私は大丈夫ですよ」

「いや!タクシー呼んでもらうから待ってて」

「私は大丈夫です!変に噂流したりしませんよ」

「そうゆう心配じゃなくて、さすがに2人はまずいだろう・・・」

「どうしてですか?」

「どうしてって・・・」

店長が困った顔をする。

「もう遅いですし、泊まりましょう?」

私は優しいトーンで言う。

「・・・分かったよ!なんか気を遣わせてごめんな。変なことは絶対しないから」

「うふふ、店長可愛い!大丈夫です。そんな心配してませんよ」

「ありがとう。なんか緊張するけど・・・先にお風呂入っておいで」

「はーい」

戸惑いながらも納得してくれた店長に胸のドキドキが止まらなかった。

私たちは順番にお風呂を済まし、それぞれのベッドに入った。

「仲間ちゃん!」

「はい!」

「今日まさか一緒にホテルに泊まると思ってなかったから話まとまってはないんだけど、せっかくの今日のこの機会を借りて話したいことがあるんだ」

「はい、どうしました?」

私は何とも言えない鼓動を感じた。

「うん・・・仲間ちゃんはさ、どうして俺なんかと食事に行ってくれたりするのかな?って。仲間ちゃんの年からしたら37歳なんておっさんじゃん。
俺が誘うたびに仲間ちゃんは来てくれるから調子に乗ってまた誘っちゃうんだよね」

「だって断る理由ないですもん。
私は店長とこうして話が出来ることに嬉しく思ってますよ。
だからこれからも用事がない限りは断りませんよ」

「ありがとな。もし、もしも俺が仲間ちゃんを好きだと言ったら気持ち悪いか?」

突然の店長の言葉に私は戸惑い動揺した。

なんで店長そんなこと言うの?冗談だよね?

・・・。

いや!!この雰囲気は真剣だ。

「・・・いきなりどうしたんですか?」

「いや、俺マジで仲間ちゃんのこと好きみたい。
でも色々考えると仲間ちゃんのこと好きでも自分のものにすることはできないんだ。って言い聞かせてるんだ」

「私も店長のことが好きですよ・・・色々って何ですか?」

「それは・・・あれだよ。うん・・・」

私の返答が意外だったのか、店長は動揺を隠しきれていなかった。

声に出さず心で納得している店長がおかしくて思わず笑った。

「うふふっ!」

「っえ?・・・」

「いや、なんか動揺してるのかなー?って(笑)」

「ゴホッ、・・・ン、ン」

店長は咳ばらいをし、意を決した面持ちになった。

「仲間ちゃん、・・・俺の彼女になってくれる?」

激しく心臓が鼓動し始める。

・・・

「っ私で良ければ(照)」

「仲間ちゃんがいいんだ」

今までこの日をどれだけ待ち望んできたことか。

付き合うのがこんなにも新鮮で、こんなにも嬉しいもので、こんなにも幸せなんだと初めて感じた。

私は店長がバツイチであることに全く抵抗はないし37歳ということにも全く抵抗はない。

だって、好きだから。

若いなりに初めて結婚を意識した人だから。

この時は、なにもかもが幸せでずっと一緒にいられると本当に信じてたよ。

私たちはベッドに横になりキスを交わし眠りについた。

目が覚めた時には既に店長は身支度を終えていた。

スラーっとしたスーツ姿。

ヤバい・・・カッコイイ。

ドクン、ドクン・・・

胸が高鳴る。

その時、店長が振り返った。

吸い込まれそうなほどの綺麗な瞳と視線が重なった。

「お!起きたか!おはよう。優子」

「おはようございます。あー気持ちよく寝れたー。って・・・今優子って呼びました?」

「呼んだよ。悪いか?」

「いや、なんか恥ずかしかったから(照)」

「寝顔も可愛いけど、恥ずかしがってる優子も可愛いな」

私はさらに恥ずかしくなり両手で顔を隠す。

店長はその両手をどけて優しくキスをしてきた。

「おはようのチューだ。これからもっと幸せにするからな」

「っはい」

嬉しさでほほが緩む。

「てか、敬語やめて。それと呼び方も店長じゃない呼び方で」

「うん、分かった。じゃーねー、名前が理だから、おーちゃんは?可愛いでしょう?」

店長は照れたみたいに顔を背けて、

「いいじゃん」と言った。

おーちゃんの明らかに照れている仕草が可愛くて、私は後ろから抱き締めた。

こんな幸せな日々がずっと続くんだと思うと、なにもかもが幸せに感じられる気がした。

今日はおーちゃんが遅番のため仕事の時間になり私たちはホテルを後にした。

「じゃ、お仕事頑張ってね。また後でメールする」

「あー、バイバイしたくないけどしょうがないから行ってくるよ」

「子供みたいなんだから(笑)行ってらっしゃい」

「おう、また明日お店でな」

そう言って優しく抱き締めてくれた。

私は帰りのバスの中でメールを打った。

「昨日から今日にかけて本当に幸せでした。おーちゃんありがとう。お仕事頑張ってね」

昨日の出来事を思い出すと、1人でにやけてしまう。

そんな私を周りの人が見たら「変人」って思うだろう。

帰宅し少しお昼寝をした。

2、3時間寝て目が覚め、メールがきているか携帯をチェックした。

メールきてるー!

「俺も幸せだよ。こんな毎日をずっと優子と分かち合えていけるなら、他になにもいらない。ありがとう、仕事頑張るよ」

あー、やばい!幸せ。

私浮かれ過ぎだよね。

その後もごく普通のメールが続いた。

「おはようございまーす」

次の日、浮かれ気分で出勤をすると、

総菜部の人達が一斉に私の方を見て不気味ににやけている。

「おめでとー、仲間さん!店長と上手くいったんだって?良かったじゃない」

そう言われ一瞬で顔が赤く染まる。

「あっ!ありがとうございます。・・・チーフ達があの飲み会を開いてくれたお陰ですよ」

お礼を兼ねて感謝の言葉を付け足す。

「それなら本当に良かった。店長に泣かされるようなことがあったら私たちに言いなさいね。私たちが説教してあげるから」

「あ!はい。ありがとうございます」

この店舗のパートさんたちは噂を広めるのが得意だ。

おーちゃんとの関係が知られているのはだいたい予測はしていた。

「店長も昨日は一段と幸せそうな顔してたわよ。頑張りなね」

「っはい。頑張ります」

店舗のパートさんたちに監視されているみたいで気が引けてしまう。

それから数日が経ち、

あっという間に従業員のほぼ全員に知れわたっていた。

噂の広がるスピードには本当に驚きである。

それからは、店内でおーちゃんと目が合うたびにルンルン気分になっていた。

その分、周りの人からの冷やかしも増えてきた。

それも徐々に慣れてきて、むしろ冷やかされることが嬉しくなっている自分がいた。

ある日、

仕事が終わる時間に近づいた頃店内放送が流れた。

「お忙しい中ご来店くださいまして誠にありがとうございます。従業員のお呼び出しを申し上げます。惣菜、仲間さん。惣菜、仲間さん。事務所までお越しくださいませ」

っあ!おーちゃんだ。惣菜のクレームでもきちゃったのかな?

私は急いで事務所に向かった。

ッコンッコン。

「失礼します。クレームですか?」

「クレーム?そんなのないよ(笑)。今日は忙しくて店内で一回も優子と会話してないから呼んだだけ」

「ちょっと店長、店長である人が店内放送でお遊びなんかしていいんですか?」

「面白いでしょう?」

「まったく、店長ったら!片付けで忙しいところだったんですよ」

「それは、すまん。怒るなって(笑)。ってか、仕事先では敬語だし店長って呼ぶんだな」

「当たり前じゃないですか!仕事とプライベートはちゃんと区別します」

「さすが優子だ。なら戻っていいぞ(笑)」

「はい!失礼します。・・・おーちゃん、うふふ!」

「なんだよ、気持ち悪いぞ」

「私気持ち悪い?」

「冗談だよ!優子は世界一可愛いよ」

「嬉しいけどそれは言い過ぎです(笑)。じゃ、失礼します」

「っおう!仕事終わったらメールする」

「はい」

それからというもの、おーちゃんからの仕事には全く関係のない呼び出しが度々あった。

私は放送をしているおーちゃんの声も好きだ。

だから、どんなに忙しい時の呼び出しでも自然と笑顔で向かってしまう。

そんな毎日が続き、平凡に時は流れ、おーちゃんと付き合い始めてから2ヶ月が過ぎた。

今日はおーちゃんと食事の予定だから、仕事が終わって休憩室で待っていた。

30くら分い経った頃、

「ごめん、ごめん。レジが混んでてなかなか抜け出せなかった」

おーちゃんは仕事に対しては人一倍真面目だ。

さすが店長!って思うくらいに。

だから約束の時間をいくら過ぎようと私は怒らないし、嫌な気持ちにもならない。

だって、仕事に一生懸命な人大好きだから。

「大丈夫だよ。私も今終わったところだから」

「そうか、ならよかった。すぐ着替えてくるから待っててな」

「了解」

休憩室で人目気にせず堂々とおーちゃんを待っていられることにも幸せを感じる。

なぜなら、従業員みんなが私とおーちゃんが付き合っていることを知っているから。

なかには偏見を持った人もいると思う。

でも私には関係ない。

年が離れていようと、上司と部下であろうと、人が人を好きになることはいけないことじゃないでしょう。

応援してくれる人が1人でもいるなら、それでいいと思ってる。

まぁ、この店舗の人達なら私のこともおーちゃんのことも良く知っているから偏見を持つ人は少ないだろう。

「あなたたちお似合いよ!美男美女カップルね」

そんなキレイごとばかりだが、言われて嬉しいに決まってる。

でも、私はいつも思う。

可愛くなんかないし、美人でもない。

ただ若いだけだ!って。

だからこんな私を好きになってくれたおーちゃんには凄く幸せを感じる。

「お待たせ、行こうか」

「うん」

今日は駅ビルの居酒屋に行くことにした。

「おーちゃん私ね、前から考えてたことがあるんだけどさ・・・」

「ん?どうした?」

「そろそろ1人暮らししようと思ってるの」

私はおーちゃんの反応が見たかった。

「そうか、でも1人は寂しいぞ!優子は毎晩泣いちゃうかもな」

「大丈夫だよ。1人暮らししたら泣かないように毎晩おーちゃんに来てもらうから(笑)」

「なら、俺んちに来いよ!女の子が1人で暮らすなんて危ないし、正直してもらいたくないから」

私は1人暮らしのことを相談する前から、きっとおーちゃんはそうやって言ってくれる。

と、どこかで期待していた。

1人暮しなんて本当はするつもりなどない。

ただ、おーちゃんと一緒に暮らしたいと思ったから。

素直にそうやって言えばいいのに言えなかった。

これが女の気持ちってやつ。

私ってあざといよね・・・。

「おーちゃんのお家に行ってもいいの?」

真剣な面持ちで問う。

「早いうちの同棲も悪くないだろう。でも、親が許すかだな」

「お父さんには莉子と住むって言うから」

莉子とは、中学からずっと仲良しの唯一の親友。

莉子のことは親にもよく話しているから知っている。

「お母さんにはちゃんと店長と暮らす。って言うよ」

「分かった。なら、早めに優子のお母さんに挨拶した方がいいな」

「いや、大丈夫だよ。挨拶はそのうちで」

「そうか?じゃ決まりだな」

この時から私は間違った道を選んでしまっていたんだね。

毎日が一緒だと思うと嬉しくてたまらない。

ただそれだけしか思っていなかったから。

もし同棲の道を選んでいなかったら、もっともっと幸せを分かち合えたのかな?

そんな話から1ヶ月が過ぎ、

店長と暮らすと決心した時から、私は退職を決めていた。

同棲の前に惣菜部の人達に挨拶に行った。

「たった9ヶ月でしたが、お世話になりました」

「仲間さん、寂しいわ・・・店長と暮らすのは応援するけど、本当に辞めちゃうの?」

「はい。私も寂しいけど店長のお家から通うとなるときつくなりそうなので近くでお仕事します」

「そうよね・・・じゃ仕事休みの時とか暇なときとかは、顔出しに来てね。それと店長との進展話も楽しみにしてるわ」

「はい、必ず来ますよ。こんな生活を送れるのはチーフ達のお陰なので私、頑張ります」

惣菜部の人達に挨拶を終え、

同期の山田君、阿部君にも挨拶をしお店を後にした。

退職を決めたのは全ておーちゃんのため。

全くできない家事を精一杯頑張りたかったから。

おーちゃんの家からお店まで1時間半掛かる。

このまま正社員続けてたら帰りは遅いし、朝は早いしで家事どころではなくなると思ったから。

一生、アルバイト生活でいいと思っていた。

おーちゃんとの結婚を意識してたからなんだよ。

おーちゃんにとって素敵な嫁になりたかったから。