「…ルーナちゃん?」
「…あっ、はいっ」
「大丈夫?昨日からちょっと変だよ?
やっぱりあの人に何か言われたんじゃ…」
〝決して他言しないと誓って貰えますか?〟
あの男の言葉が頭をよぎる。
「いやいや!なんでもないんです、本当に…ちょっと疲れてるだけです。」
「そう…?無理しないでね。」
何か言いたげなシスターの目線に私は気づいていたけど、これは私の問題。
シスターを巻き込むわけにはいかなかった。
「シスター」
「なぁに?」
「実はさっき、あの人が私の家族に関することを教えてくれたんです。」
これくらいなら、話してもあの男も諌めないだろう。
王家のことさえ黙っていればいい。
「え!? 本当に?
よかったじゃない…」
「え?」
ちょっと意外な反応。
てっきりもっと追求してくるのかと思ってたけど…
「だってあなた、教会にお祈りに来る家族連れを見て、いつも羨ましそうにしていたじゃない。」
「えっ…か、顔に出てました?」
「ふふ、分かるわよ。それくらい」
…やっぱり、シスターには叶わないな。
乱れていた心が少し穏やかになった気がする。
昔からシスターのこういう所に助けられてきた。
私は少し笑った。
「ありがとうございます。落ち着きました。」
「そう。よかったわ。」
ふふふ、と笑うシスターは、いつもと何ら変わりなかった。
「さ、ルーナちゃん。そろそろ昼食の準備をするから、調理場に行ってきて。」
「はーい」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ここの調理場は、最年長の子供が手伝うことになっているから、私は2年前から厨房を手伝うことになっている。
厨房に入ると、もういい匂いで溢れていた。
「わぁ…すごくいい香り。
今日は何ですか?」
聞くと、料理長はニヤッと笑って答えた。
「いい匂いでしょう? ほら、この中見てみなよ。」
料理長は、大きな鍋を指さした。
このいい匂いはあの鍋から匂っている。
「…え! シチュー!?」
「凄いだろう! 今日は少し奮発したんだ。」
シチューなんて、とんだご馳走だ。
ミルクもお肉も高価なもので、そう頻繁に食べられるものではなかった。
「ほら、早く食べたいんなら手伝っておくれ。昨日使った椀がそこにあるから。」
ズラリとたくさんのお椀が並べられている。
孤児院の子供は全員で16人。
通常の孤児院に比べたら少ないかもしれないけど、16人分の食事となれば結構な量になるのだ。
「じゃあ、よそっていきますね。」
ひとつのお椀にお玉1杯ずつ入れていく。
掬うたびにいい匂いが立ち込めてきて、どんどんお腹がすいてきた。
全てのお椀に注ぎ終わると、料理長が言ってきた。
「あとは私が運ぶから、食堂にみんなを呼んでおいで。」
「わかりました!」
こんな日々を送っているからこそ、時間が過ぎていくのが辛かった。
急に何だか泣きそうになってきて、私は慌てて涙を押し込めた。

