別に恋愛禁止とかアイドルみたいな決まりはない。誰が誰と付き合おうと自由だしむしろ互いに「早くリア中になれよ」と茶化しあっている。明空と春くんは恋愛したいってよく言ってるけど、空の口から彼女が欲しいという言葉を聞いたことない。もちろん学年関係なく人気な彼が女の人と話しているのはよく見るし、告白されたという話も聞く。けれど誰かと付き合ったという噂さえ聞かない。もちろん彼女がいる素振りもない。
 ここまでなにもないと、そもそも恋愛をしたいと思っているかすらわからなくなってくる。
「春奈、空先輩って彼女いるのかなぁ」
「んー聞いたことないな」
「私でも、勝ち目あるかな…」
 そう言って伏し目がちに頬を染める美鈴はすごくすごく可愛い。恋する乙女は可愛くなる、というのはどうやら本当のことらしい。
 でも、今のところ誰にも平等に勝ち目が『ない』ことを私は知っている。
「――って美鈴が言ってたよ。」
「佐原ねぇたまに話しかけに来てバーっていなくなっちゃうんだよね」
「好きじゃないの?美鈴可愛いし人気じゃん」
「んー俺は片時雨でいるのが一番楽しいけどなぁ」
「彼女作らないの?」
「いたら楽しそうだなーとは思うけどいなくてもいいかなーって」
 いつからか一緒に帰るようになった私の家までの通学路を歩きながら、今日あったことを話す。数学の授業が分からなかったとか、春くんがまたちゃらいことしてたとか、明空が変な言い間違いをしていたとか。他愛のない話をしながら帰るこの時間が1日の癒しになっている。私が転校してくる前がどうだったか知る術はないけど、私が入部してからは確実に多すぎるほどの時間を一緒に過ごしている。
 私は片時雨ファンクラブのみんなみたいにずっと空を見ていたわけではないけれど、その子たちよりもたくさんのことを知っていると思うし、彼女という立ち位置に1番近しいのは私なんじゃないかとも思ってしまう。釣り合うとは思っていないけど、たまに休日に出かけたり、家に帰ってから電話したりゲームしたり。もちろん私以外の子と出かけたり電話しているのは、知っているけど。
―――――だから、気づくのに遅れてしまった。
「もしもーし」
「はーい、どうしたの?電話誘ってくるの珍しいね」
「あのねー俺、」

 気になる子ができたんだ。

 想像もしていなかった言葉だった。頭の中をひっかきまわされるような感覚と、白んでいく視界。耳鳴りまでしてきた。
 あー遅いよ私。なんで今かな。
「もしかして美鈴?」
「そう、え、よくわかったね」
「美鈴とは割と仲いいからね」
 心臓が嫌な速まり方をして、頭のてっぺんから冷たくなっていくのがわかる。倒れそうになりながら出した声は、震えていなかっただろうか。
もう取り返しのつかないタイミングで自覚したこの恋心は、目覚めたと同時に終わりを告げてしまった。