今日のお昼ご飯を抱えた私が向かうのは、保健室ではなく屋上の扉に続く階段。
 本当は屋上まで上がれたらいいんだけど、このご時世学校側がそれを許してくれることもなく、扉の手前の階段に腰掛けてお昼休みをやり過ごす。
 転校してきてすぐに美鈴の校内での立ち位置に気づいた私は、彼女のそばいることで浴びる視線を振り切りたくてよくここへ来るようになった。転校生の私が見つけられたこの穴場には、今まで他の生徒が上がってきたことはない。
 今日も、誰にも階段を上るところを見られないように気をつけながら、屋上の扉を背もたれにお気に入りのメロンパンとココアを流し込む。
「あ、本忘れてきちゃった」
 ここは人が少ない分やることもなくて、いつも本を持ってきて読んでいるのだが今日は忘れてきてしまった。となると、考え事くらいしかすることがなくなってしまう。今は考えなきゃいけないことがあるから、本を忘れてきてしまったミスは大きい。
「……部活かぁ」
 転校してくる前からずーっと私を悩ませている部活問題。ここは全員強制入部で、中学校3年間帰宅部を貫いた私にとってはすごく厄介な制度だ。
 運動は得意ではないから運動部に入るという選択肢は最初からなくて、かといって文化部に入りたいかと言われればそんなことはない。
「どうしようかな」
 担任に示された期限まであと1週間しかない。かなり困った。
「もういいや、あとで考えよう」
 嫌なことを考えていたら眠くなってくるのは仕方ないことだよな。と、睡魔に逃げて思考を手放した。お昼休みはあと30分ある。予鈴で目が覚めるから大丈夫だろう。


「ここの階段上るの初めてかも!」
「まあ上る理由がなかったからな」
「結構穴場かもね」
 知らない声と足音が近付いてきたことに気付けなかったのは、不覚だった。
「おわ!」
「どうしたの春くん」
「……女の子が寝とる」
「え、見たい見たい!」
「あれ、この子1年の転校生じゃない?」
 男の子2人と、女の子1人。
 なんて認識するころには、すっかり興味を持たれてしまった。
「ねえねえ、名前は!?」
「1年かー若いな」
「びっくりするから突然大声出すなよ明空(みよく)
 全員見たことない顔ということは、先輩にあたる人たちだということ。変に反抗しても意味がないことを悟った寝起きの頭でなんとか質問に応える。
「先月転校してきました、1年の天野しぐれです」
 ずいぶんそっけない挨拶をしてしまったけれど、それでも満足したみたいだった。
「しぐれ!しぐれって言うのかー!」
「俺らも自己紹介したほうがいいんじゃね?」
「そうだよ、俺ら先輩なんだから」
 きっと、いつも3人でいるんだろうな。そう思わされる仲の良さと空気に思わず押されてしまう。
 アイドルみたいだなと、素直に思った。
「3年の西園寺明空(さいおんじみよく)です!みよくって呼んでね、仲良くしようね」
 みよくと名乗ったのは肩にかかるセミロングが綺麗な、背の高い女の子の先輩。ふわふわした声と可愛らしい顔立ちが合っていて、世に言う愛され系なことが見てわかる。
「同じく3年十森春人(ともりはると)のです、春くんって呼ばれてます―よろしくなー」
 続いたのは、ガタイが良くて少し背の小さい男の先輩。運動部なことが一瞬でわかる体つきと中低音な声が女の子に受けそうだ。
成瀬空(なるせそら)です、俺は2年だから気軽に話してほしいな」
 最後に話したのは、背が高くて細身な男の先輩。男子にしては高いであろう地声は明空先輩と似てふわふわしていて、話し方も相まってすごく柔らかい印象を持った。
「……よろしくお願いします。」