三度寝をしようかしばらく悩んで、結局私は起き上がった。
歯ブラシをくわえて窓際のソファに座り込む。
そして2日前に塗ったうす紫色のペディキュアを眺めながらゆっくり歯を磨いた。
理人くんがカーテンを開け放っていってくれたおかげで朝日が入り込み、リビングは心地の良い室温になっている。

半年前に、長く勤めていた会社を辞めた。

妊娠をして、流産をしたら、心と身体が疲れ果ててしまって働く気力が無くなってしまった。
かと言って次の子どもを考える事も出来なかった。

また同じ様な事になってしまったらどうしよう。
もう二度とあんな思いはしたくない。

「赤ちゃんの入る袋はたしかに見えるんですが、赤ちゃんが見えませんね。」

産婦人科の先生はエコー画面を念入りに見ながらおかしいな、と首を捻った。
これまで何度も同じような症例を見てきて、もうこれは完全にダメだと分かっているだろうに「来週もう一度来てね。」と、優しく言った。

数日後、同じ病室でやっぱりダメだった事を告げられて、身体の中に築かれた内容物を取り除く手術を勧められたけれど、それにはどうしても同意ができなかった。

全く生産性のないただの袋を、なんでわざわざ全身麻酔までして掻きださなくてはいけないのか、悔しくて仕方なかった。

数日後、私の身体から自力で出てきた透明の小さな袋は、意外にもとても綺麗で私はしばらく目を奪われた。

身体は何日も痛くて辛かった。
どうして自分がこんな経験をする事になったのか分からなかった。
そもそも私は本当に子どもが欲しかったのだろうか、そう考え出したら仕事が手に付かなくなったのだ。

世の中の人はなんで子どもを持つことを望むのだろう。
それは深い暗闇の迷路の様に答えの見つからない疑問になって朝も夜も私の中をどんよりと漂い続けた。

心から子どもの欲しい理人くんは、私よりずっと辛かっただろうに、涙も見せず、ずっと優しかった。

それから私は何処へも行かずにずっと家で過ごしている。
映画を観たり、料理をしたり、時々掃除をしてあとは眠っていた。
専業主婦というよりも、好きなことを好きな時にするそんな生活を送っていた。