今なら聞ける?なんとなく酔った勢いで、今ならずっと聞きたかったこと聞けるかも。俺はふと女子社員の会話を思い出した。

「あの、ちょっといいですか?」

二人同時に俺の方を見る。

「「なに?」」

セリフもシンクロかよ!

「その、やっぱりお二人は付き合ってるんですか?」

「「二人って?」」

またもシンクロ!

「だから、和奏さんと椎名さん・・・」

俺が言い終わる前に、和奏さんがものすごい勢いで言葉を発した。

「やだやだやだやだ!!何それ?!」

「何って、前からウワサになってますよ」

「やだやだやだやだ!!!」

今まで黙って聞いてた椎名さんが口を開いた。

「おまえ、その言い方ちょっとひどくないか?
倉科、引いてるぞ」

「や・・だ」

和奏さん?壊れちゃったんですか?

「さすがに俺もちょっと傷つくんだけど」

椎名さんがため息混じりに言っても

「だって、やだやだやだやだ!傷つくとか何言ってんの、気持ち悪い!」

さらに全否定する和奏さん。しかも半分悪口ですよね?
どんだけ嫌なんだよ。

「て訳だから」

椎名さんが俺に向き直ると、正気に戻った和奏さんが、椎名さんに向かって言う。

「て訳だからじゃないでしょ!あんたには相手いるんだから」

え?それって

「椎名さん彼女いるんですか?」

俺は椎名さんに聞いた。

椎名さんは少しの間、空中を見つめて何か考えているような仕草をしてから。

「彼女っていうか、家族?」

「か・・・ぞく?」

「うん、俺結婚してるから」

えぇ?!え?え?結婚?椎名さんは既婚者!ってこと?

今年一番のサプライズに動揺を隠せなかった。

「えっと、結婚してるのに、和奏さんと二人でごはん行くって!それって」

「あぁ、うちの嫁さん公認だから」

公認?それってだから、もしかして。
だめだ、全然うまく考えられない。
ストレートでしか考えられない俺は、目の前に和奏さんがいることを忘れていたのかもしれない。
好きな人を愛人呼ばわりするなんて。

「公認?浮気公認ってことですか?!」

「違う違う」

あはは、と椎名さんは笑って否定した。

「いくら今はお互いその気がなくても」

なんで笑ってんの!俺は、真剣に・・・

「倉科くん、落ち着いて」

和奏さんがテーブルの上の俺の腕を掴む。

落ち着いてなんていられないよ。だって付き合ってるんじゃなくて、そのなんていうか・・・

「もう、椎名ちゃんと説明してよ。倉科くんがびっくりしてるじゃない」

椎名さんに文句を言うと、俺に向き直る。

「あのね、椎名の奥さんはわたしたちの同期なの」

「和奏さんと椎名さんの同期ってことですか?」

そして、操作していた携帯を俺に見せる。
いつもよりも少しだけ近づいた距離に俺の心臓が跳ねる。

「この椎名の右隣に写ってる女性が椎名の奥さんの咲葉(さよ)なの。可愛いでしょ」

和奏さんが指で画面を拡大する。

そこには、若き日の和奏さんと椎名さんも写っていた。

この人が、椎名さんの奥さん・・・

小柄で可愛らしい、笑顔の女性だった。
俺は彼女に見覚えがなかった。

「俺が入ったときは」

「もう、いないわね。入社2年でどっかの王子さまがさらって行っちゃったから」

そう言って、椎名さんをチラッと見る。

「さらってって人聞き悪い言い方するな。俺はフラれてもめげずに想い続けて、付き合って、プロポーズして婚約して結婚したんだからな。全然さらってなんかない。全部知ってるだろうが」

「知ってるわよ。でも咲葉はわたしの癒しだったし、社内で一番の親友だったの。妊娠したわけでもないのに、寿退社って聞かされたとき、お祝いする気持ちはもちろんあったけど、すごーく寂しかったんだから」

和奏さんは当時を、思い出したのか、椎名さんを睨んでいる。

「別に永遠の別れでもないし。その後も何回も会ってるじゃん」

「そうだけど!辞めてから仕事の話はしてないし」

和奏さんと彼女は同じ企画部だけど、椎名さんは営業部。二人は仕事の話もしてたかけがえのない仲間でもあったんだな。

二人を見てそんなことを思っていると、椎名さんの携帯が可愛いメロディを奏でた。

「あ、噂をすれば」

電話は着信だったらしく、椎名さんはその場で電話に出た。

「あ、うん、ごめん」

何やら謝っている。

「宮原と宮原のイケメンの部下の子と3人で飯食ってる、うん」

なんだよその表現。社内イチのイケメンに言われても嬉しくないっていうか。
恥ずかしいんですけど!


「あ、うん、わかった」

椎名さんが和奏さんに携帯をわたす。

「咲葉が話したいって」

「え?咲葉が?」

さっきまでのカオはどこへやら。和奏さんは花が咲いたような笑顔で電話に出た。

「咲葉!久しぶり!身体は大丈夫なの?」

ん?咲葉さんは病気なのか?と思い小声で椎名さんに尋ねた。

「奥さん、ご病気なんですか?」

椎名さんは違うよと笑顔で答えた。

「妊娠中だから、心配してしてくれてるんだろ」

え、あ、そうなんだ。

和奏さんは終始笑顔で嬉しそうに話している。
ほんとに好きなんだな、咲葉さんのこと。なんだか俺も嬉しくなった。

「うん、それじゃまたね」

和奏さんが椎名さんに携帯を返した。

「あぁ、わかったよ、じゃな」

「よかったですね。咲葉さんと話せて」

笑顔で和奏さんに話しかけると、

「うん、元気そうだったし。楽しかった〜!」

ほんとに嬉しそうだな。
そして和奏さんは、椎名さんに向き直った。

「いつだっけ産まれるの?」

「予定では8月」

「そっか、もうすぐだね。何人目だっけ?」

「3人目」

え?!さ、3人目?

「え?3人目?椎名さんすでに2人も子どもいるんですか?」

おかしな話じゃないし、ありえない話でも全然ないけど。28歳で3人の父親になるって。
全然想像つかない。驚かずにいられなかった。

「また大変なんだから、椎名しっかりしてよ。咲葉には、『あんたがいるから大丈夫、心配しないで』って言われてるんだからね」

「そりゃそうだろ。おれはもうプロみたいなもんだからな。おまえも安心しろ」

「なんのプロよ」

半分呆れて、でも嬉しそうに和奏さんが微笑んだ。

その後も、椎名さんの奥さんの話や子どもの話で盛り上がっていた。

再び椎名さんの携帯が鳴った。椎名さんが電話に出ると、また謝っている。

「ごめん、わかったよ。うんうん。牛乳買って帰ればいいんだな?え? あぁ、了解」

「どうかしたの?」

和奏さんが少し心配そうに聞いた。

「いや、大丈夫。宮原もイケメンの部下の子も明日も仕事なんだから、早く解放しなさいだってさ」

「なあんだ、何かあったのかと思った。よかった!そうね、そろそろお開きね」

和奏さんがお財布をバッグから取り出す。
俺も出そうとしたら、手で制された。

「あれ?伝票は??」

机の上はもちろん、下を覗いて探している。

「さっき払ってきた」

椎名さんがしれっと答えた。

「え?うそ!やだ、いつの間に?」

机の下から顔を上げて椎名さんを見る。

「言ったじゃん、今日は俺のおごりだって」

「聞いたけど。倉科くんはともかく、わたしは・・・」

「いいんだって。たまにはおまえもおごられとけ」

まだ納得のいかない和奏さんは

「じゃあ、倉科くんの分払う」

「だーめ!それに俺はこいつとゆっくり話してみたかったし。望みかなって今日はすっげー嬉しいんだからさ」

どうしてそうゆう恥ずかしいことをこの人はさらっと言うかな?

「でも・・・」

和奏さんはまだ納得がいかないらしい。
意外と頑固なとこありますもんね。

結局、椎名さんは頑として譲らず、渋々和奏さんが折れた。