「そんなの倉科くんには関係ない!文句言われる筋合いなんかない。向かないって何?不倫に向いてるヒトなんているの?!」

まるでなりふり構わないように、和奏さんは怒りに任せて、俺に声を荒げた。

こんな彼女、初めて見た。

でも、怯んでる場合じゃない。

俺は冷静に答えた。

「いますよ。周りの迷惑とか相手のこととか一切考えない、自分のことだけ考えてるようなヒトじゃなきゃ、平気で嘘ばっかり付けないでしょ」

「嘘ばっかり?」

「そうですよ。それに嘘だけじゃない。バレようが、バレまいが無条件に相手を傷つけてるんですよ」

「え?無条件に、傷つけてる?」

和奏さんの勢いが急激になくなっていく。

「まさか、わからないんですか?あの人は既婚者なんですよ」


「でも、わたし何も望んでない。別れて一緒になってほしいとか、わたしを優先してほしいとか、そんなこと思ってない」

和奏さんは震える手を握りしめていた。

ぎゅっと握りしめて、目を閉じて言った。

「実害なんて何もないはずなのに。わたしは誰かを傷つけてるの?」

手を握って震えを止めてあげることはできなかった。

今触れたら、俺の覚悟すべて持っていかれそうだったから。

「そんなの関係ないですよ。恋人が二股かけるのとは訳が違うんです。婚姻関係を結んだ相手は、実害なんてなくたって、たとえ相手がこれっぽっちも傷ついていなくたって傷ついたって言って証拠が揃ってたら、慰謝料だって請求できるんですよ。訴えられたら勝ち目なんてまったくないんです。そんなことがわからないんですか?」

俺は努めて冷静に淡々と話した。

和奏さんの顔は出来るだけ見ないで。

「だって、幸せなんだもの」

俯いたまま和奏さんが力なく呟いた。