よし、今日はかっこよく俺が払って、椎名さんにお礼を言おうと思って今度こそ立ち上がろうとしたんだけど。

あれ?さっきまであった伝票が消えてる?!

「椎名さん、ここにあったでん「もう会計済んでるよ」」

言い終わらないうちに返される。

「え?!なんでですか?今日は俺が持つのが筋でしょ?!」

「うーん、そうでもないだろ、意外な一面も見れたし、色々楽しかったし。それに俺、先輩だし」

白い歯を見せてニカッと笑う。
爽やかで最強の営業スマイルに俺は不本意ながら、白旗をあげた。

別れ際椎名さんが言った。

「昨日のことはショックだったと思うけどさ。俺はおまえに脈がないとは思ってない。世界ってさ、ひっくり返ることあるんだよ」

「世界がひっくりかえる?」

真剣に言う椎名さんだけど、俺には何かの呪文のようにしか聞こえなくて、彼の言っていることはイマイチ伝わってこなかった。

「呪文か何かですか?」

俺が問いかけると、椎名さんは俺の質問には答えずに笑って

「俺は応援する、また飲もうな!」

と言って、手をヒラヒラ振って、歩いて行った。

今夜椎名さんから聞いたことはきっと適当なウソじゃないと俺は思った。

根拠なんてないし、確かめようもない(流石に本人には聞けない)けど、信じられる何かを感じた。

予想外の情報が追加されてしまった。

それは俺なんかじゃ到底手にできなかった情報だ。
和奏さんの過去。

改めて俺は彼女のことを知らないんだなと思った。

まあ、椎名さんは同期で友だちみたいなもんだし、後輩でしかも自分の直属の部下の俺に過去の恋愛を語るなんて、ありえないけど。

俺の居場所はきっと、右腕であって、右隣じゃないんだ。

切ない?いや今はそれでいい。

「世界がひっくり返る」

まだ真意はつかめないけど、きっと俺を応援するって言ってくれた彼からのエールだ。

俺は都合よく解釈して家路を急いだ。