出航の準備が整ったのはお日様が真上に昇った頃だった。
 入り江には大勢の人々が見送りに出ていた。やはり女性や小さな子が多い。

「気を付けて」
「いい風が吹くように祈っているわ」
「父ちゃん、早く帰って来てね」

 そんな見送りの言葉が飛び交い、強く抱きしめ合っている家族も見かけた。
 今回の船出はいつもとは違うのだ。きっと皆不安なのだろう。
 そんな人たちを横目にしながら桟橋を渡っているときだ。

「カノン!」

 呼ばれて振り向くと、あのエスノさんがこちらに向かって走って来る。
 昨日のこともあってなんとなく気まずく思いながらそちらに駆け寄ると、筒状に巻かれた大きな布を手渡された。

「これを、グリスノートに渡しておくれ」
「え?」
「この日のために皆で作っていたんだ。渡したらすぐにわかるさ」
「わかりました」

 頷くと、エスノさんは満足げに微笑んだ。

「今日という日が来たのも、あんたが嫁になると決めてくれたお蔭だよ。本当にありがとう」
「い、いえ」

 なんとか笑顔を返すと、エスノさんは船の方を眩しそうに見上げた。

「あの子はこの町の希望なんだ。ちょっと変わったとこもあるけどさ、あの子のことよろしく頼んだよ、カノン」
「え、あ、はい」

 そう返事しながら、ちくちくと胸が痛んだ。