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「健太が付き合いだしたって聞いて、サクラ、相当落ち着かなかったもんな。」


鈴木さんが、穏やかな声でそう言うと、サクラさんはより私を強く抱きしめる。


「そうだよ…ついに宮本さんが麻衣に手を出した!ってもう…気が気じゃなくて!」

「ちょっと待った。さっき『嬉しかった』って言わなかった?」

「嬉しいけど、寂しいの!ああ…ついに来たかって思ったの。いつか繋がるんだろうなとは思っていたから。だけど第三者の私があーだこーだ言う事じゃないから。それに麻衣の気持ちも分からなかったし。」


つまり、サクラさんの複雑そうな寂しげな表情は、宮本さんに対しての想いじゃなくて、私に対するものだったんだ…。だけど…サクラさんが『いつか』って予感していたのは…何でなんだろう?


疑問が浮かび少し小首を傾げたら、サクラさんの肩を宮本さんが、ポンと叩いた。


「ほら、席を替わりなさい、席を。
いい加減、真斗が不機嫌になるから。二人がギューギューイチャイチャしてたら。」


それに「俺になすりつけんなよ」と鈴木さんが苦笑い。
隣に座り尚した宮本さんがそんな鈴木さんをスルーして、私の頭に手を置く。


「じゃあ、まあ…用件も済んだし、帰るよ。」

「えっ?!」

「何、まだ何かここに用がある?」


いやだって…ハンバーグのものすごーく良い匂いが店の奥からしてくるから。

もうすぐ開店時間だし…


「麻衣も食べて行きたいんじゃない?ハンバーガー!」


そう!それです、サクラさん!


「…帰る途中に、例のハンバーガー屋あるよ。子供セット買ってあげるから。」

「もう、オマケが“ゆるネコびより”の期間は終わりました。」

「“ゆるネコびより”?」


私と宮本さんのやり取りに、ふと思い出した様に鈴木さんが少し小首を傾げた。


「そういや、この前、作田さんが健太に無理矢理子供セット注文させられてブーブー言ってた時のオマケがそうじゃなかった?」


無理…矢理??


『作田さんが子供セット注文したから、オマケだけ貰ってきた』


そう…言っていたような。


改めて宮本さんを見たら、「あーもう…」と眉を下げ、空を仰ぐ。


「とにかく、帰るよ。松也さん!」


「おー!」と奥から声がする。


「健太、またな。」
「うん、また来る。」


松也さんは、宮本さんが帰るのが分かっていたみたいに、快く送り出す。
私の手を取った宮本さんは、鈴木さんとサクラさんに「またね」と挨拶すると、足早に店を出た。


そのまま近くのコインパーキングまで歩く道のり。


「…あのさ。別にね?わざわざその店に作田さんを行かせたワケじゃ無いよ?
あの人が、ハンバーガー食うって店に行ったから。どうせならオマケ付きのが得じゃん。」


耳がほんのり赤い宮本さんのポケットに突っ込まれている、繋いだ手は、行きよりも何となく幸せが増した気がする。


私の頬が緩んでいたのだと思う。信号待ちで足を止めた途端、頬を左だけ摘ままれた。


「大福がへらへらしてるんじゃない。」


だって。
作田さんには申し訳ないけど、嬉しいんだもん。


それでもへらーっとしている私に、宮本さんは不服そうに目を細める。


「…帰るよ。」


信号が青になると同時に溜息をついて歩き出した。


正面からひゅうっと風が吹きつけて、寒さで身体が少し強ばる。思わずマフラーに顔を埋めたら、ポケットの中で宮本さんが手を握り直し、少しだけキュッと力を入れた。


「今日は俺んちでいいよね。」

「え…?」

「いや、“え?”じゃないから。
一昨日、誰かさんがとんずらしたせいで、寝るのにどんだけ寒かったと思ってんだよ。」


“麻衣ってさ、温かいよね”


宮本さんの言葉に昨日の告白の言葉が重なり、キュウッと気持ちが掴まれる。


「あー!寒かった。すっげー寒かった。凍死するかと思った! 」
「………。」


パーキングに入り、車の前に来た宮本さんが私をふわりと抱き寄せた。


「…帰る?」


耳元で、優しい掠れ声が響く。


私も腕を宮本さんの背中に回して引き寄せた。


ひゅうっと北風が吹いて足元を冷やしていく。
けれど、身体は心の奥から温かい。


「…はい、帰ります。」


…帰る。
宮本さんのおうちに…一緒に。


そして、これから先、もっともっと伝えたい。
この一週間も、そして今も…身体だけじゃなくて気持ちも全部、温めて貰ってるのは私ですって…ずっとずっと…一緒に居たいって。


幸せな気持ちでいっぱいの中、宮本さんの肩越しに見えた空。
いつの間にか、日が傾き始め、夜へと綺麗なグラデーションを描き始めていた。


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