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鈴木さんとの待ち合わせ場所は、以前に行った“松也さん”のお店だった。


まだ開店前なのか、“準備中”の札がかかっている。けれど、宮本さんは躊躇せずに、私の手を握ったまま、中へと入った。


「あ、お疲れ様です。麻衣も。」


さ、サクラさん?!何でここに!


慌てて、繋いでいる手を離し、宮本さんのポケットから出そうとしたら、それを宮本さんの指に拒まれる。サクラさんは、それを見て、少しだけ眉を下げ、寂しげな表情に微笑みを乗せた。


「……そっか。うまくいったんだね。」


ど、ど、どうしよう…サクラさん…少し涙ぐんでいる。昨日散々失礼な事を言ったあげく、結局こんな……

そんな私のおろおろなんて、全く配慮してくれない宮本さんが私を引っ張り、「座りなよ」とそのまま席に座らせる。


ああ…サクラさんの顔がまともに見られない。


「あの後、どうなったかな?って気になってたんだけど。麻衣、良かったね。」
「は、はい…えっと…あの…」


どう答えて良いかわからなくて、口ごもる私の隣でフウと呆れた様に宮本さんが溜息をはいた。


「“良かったね”は、俺に言って欲しいんだけど。
あれだけ努力して『ハイ、サヨナラ』なんてさせるか。」


ど、努力は…感謝してますけど(するなって何度も言われたけど)
サクラさんにそんなはっきり言わなくても…


「麻衣…これから大変そうだね、頑張って?」

「いいんだよ。この一週間、俺が大変だったんだから。」

「あーもう…。麻衣?嫌になったらいつでも言いなよ?愚痴は溜めたら身体に良くないから。」

「そうだねー。サクラも散々、俺に愚痴ったもんねー。」

「えー?だって。分かってくれるの宮本さんだけだもん。作田さんは私が愚痴りオーラ出してるとすーっと居なくなっちゃうから。
でも…まあ、これからは麻衣に色々話せるかな。」

「じゃあ俺はお役御免てことだ。あー良かった。ほんと良かった。」

「もう…どうせ聞いてるフリしてはいはいって流してただけなんだからいいじゃないですか。」

……何だろう。
いまいち話が見えない感じがする…サクラさん…宮本さんに愚痴を聞いてもらっていた…好きな人の事で?
でも、サクラさんは宮本さんが好きなんじゃ…


「あの…」


詳細を聞こうと口を開いた所で


「ごめん、お待たせ。」


キングが登場した。


「っ!!おおお疲れさまっす!」


勢いよく立ち上がった私に、宮本さんが口元を腕で隠し、笑いを耐えているけど。だって…キングですから。初めて面と向かって話した会社の後輩としてはこうなります……。


「お疲れ。ごめんね、待たせちゃって。」
「いえ!お仕事ご苦労様です!」


グレー地のジャストフィットのスーツ。ウールのコートにスポーツブランド最新モデルのPCリュック。シンプルながらファショナブルな出で立ちとそのオーラ。

キングを間近で見て圧倒され、固まったままの私の袖を「ほら、いいから座んなよ」と宮本さんが引っ張った。


「で?いつになったわけ?」


私がヘナヘナと座ったのを確認してから、宮本さんは鈴木さんに視線を向ける。


「ああ…ゴールデンウィーク明け。納得出来ていない部分もあるから、もう少し詰めないといけないけど。」

「私が、じゃなくて真斗が、だよ?」


サクラさんが苦笑いをすると、宮本さんが「ああ、なるほどね」と笑った。


「いや、だって一生に一度だからさ。そりゃ、ちゃんとやりたいじゃん?」


鈴木さんはそう言いながら背もたれに身体を預ける。


「だよな!やっぱり納得のいくようにやった方が良いって!な、真斗?」


オーナーの松也さんが、コーヒーを出しに来てくれた。


「サクラもあれだな。ついに観念ってやつだ。」

「そうだよ~?松也さん、ちゃんと結婚式来てね?」

「おうよ!」


松也さんは、がははと笑いながらまた奥の厨房へと戻っていった…けど…鈴木さんは、それとは反対に、眉間にシワを寄せ、怪訝な顔つきになった。


「お前、観念て…いや、その前に。指輪どうしたんだよ。」

「今日はしてこなかったけど。」

「はあ?!お前さ…ごめん、二人とも、ちょっと待ってて。」

「どうぞ、ご自由に」


事態についていけない私とは正反対に、宮本さんはサクラさんとキングのやり取りに特に動揺もなく、スマホを取りだしいじり出す。


「お前さ。二人にわざわざ出向いて貰ってんだぞ!そこは指輪するだろ、普通」

「だって、松也さんのハンバーガー食べたいから。指輪汚しちゃうから。」

「じゃあ、外せばいいだろ。」

「やだよ!何で真斗がくれた指輪を外で外さなきゃいけないわけ?!なくしたらどうするのよ!」

「だからってさ…」


……勢いよく言い争いが始まったけど。
これってつまり……


「大体、サクラは…「あ、あの!」


私が割って入ると、ピタリと二人は言い争いが止まる。宮本さんのスマホを動かす指も。


「…えっと。け、結婚…?」

「ああ、そう。サクラと俺ね。5年位付き合ってるから。」


鈴木さんがさらりとそう言う。

それで…ゴールデンウィーク明けに……結婚……


「えええーっ?!」


再び立ち上がった私に、宮本さんは楽しそうに笑い、サクラさんは「ごめんね、黙ってて」と言った。



「社内でも宮本さんと作田さんしか知らない事だったの。
お互い、仕事に支障が出てもって、会社ではあくまで、先輩後輩を貫いてたと言うか…結婚するまでは黙ってようかって事にしてて。
麻衣には、とも思ったけれど、余計な負担を増やすのもなってね。」

「そこまで思ってる後輩に報告すんのに、婚約指輪してこないってどうなのって思わない?」


鈴木さんが私に同意を求めるけれど。


「…い、いえ。あの……わ、私は。 」


……勝手に宮本さんと…って疑って、サクラさんに酷いこと言ってしまったから……な。指輪だって見せて貰えなくて当然だって思う。


「…こうして教えて貰えただけで嬉しいです。」


「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げた。そして、顔をあげると、笑顔を向ける。


「サクラさん、おめでとうございます。」


サクラさんの目が再び潤いを増した。


「宮本さん、どいて!」
「はあ?何でだよ…」
「いいから!」


宮本さんを無理矢理どかして私の隣に座ると、ギュウッと私を抱きしめるサクラさん。


「麻衣…ありがとう。ごめんね昨日は。キツい事言って…『私の方が宮本さんと相思相愛』だ、なんて言っちゃってね。」

「何、そんなこと言ってたの?
ヤメてくれます?真斗 に睨まれたらどーすんだよ。」

「いや、別にそんな事で妬かねーわ。健太とサクラに。」


何だか、鈴木さんはそう言いながら楽しそうに目を細め、コーヒーを飲んでいる。なんて言うか…全てをわかっていて、今サクラさんを見守っている…感じ?
そんな鈴木さんの視線を受けているサクラさんは、より私をぎゅっと抱き寄せた。

「麻衣…私ね?嬉しかったの。二人が…付き合ったって事が。
だから…麻衣にもっと分かって欲しかった。麻衣は素敵なんだよ?自信持って平気なんだよ?宮本さんは…他の誰かじゃない、紛れもなくあなたと居るんだよって…」

その言葉に、一瞬にして、視界がぼやける。

サクラさん…。鈴木さんの事は言わずに恋人の存在だけを明かすことだって出来たはずなのに。敢えて言わなかった…。


『私は赤の他人でしょ?』


他の人に惑わされる事なく、宮本さんに真っ直ぐ向かう強さを持たせる為に。


『軽蔑する』


言うのはきっと辛かったはず。下手したら、私が一瞬にしてサクラさんを嫌いになる可能性だってある。

けれど、信じてくれた。

私は、ちゃんと考え、そして行動するって。


涙がポタポタと勝手に流れ、私もサクラさんを堅く抱きしめ返した。


「サクラさん……大好きです!」
「麻衣~!私もだよー!」


ありがとう…
ありがとう…


サクラさんはやっぱり私の一番の憧れの女性です。



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