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慌てて鍵を出して玄関をあけて、どうぞと中へ入って貰ったけれど


「あの…今、何か温かい飲み物を入れるので適当に座ってて…」


上着を脱いでハンガーに掛けた所で、そう声をかけたら、腕をグッと掴まれた。


「ねえ、俺、まだ麻衣の彼氏だよね。7日目だし。」


真面目な表情の中、その綺麗な黒い瞳が優しく揺れる。


「…は…い。」


そう答えたら、その表情が緩んで、何故か安堵の優しい笑み。


「じゃあ…遠慮無く。」


そのまま私を引っ張り、ギュウッとその腕に閉じ込めた。


「……。」
「あ、あの……」


私を抱きしめている宮本さんのふわふわの髪が頬にあたる。


温かい…


宮本さんの腕や身体の感触と温もりが私を包み、本当に心地良い。この一週間、こうやって心も体も温めてくれていた。

目頭が熱くなり、鼻の奥がツンと痛みを覚えた。


……宮本さんと付き合わなければ良かったなんて一瞬でも思った私は愚かだ。


こんなに幸せで充実していた一週間、今まで無かった。それは全て、宮本さんが与えてくれたものなのに。


手を持ち上げ、そっとその背中に回し伏せた瞼。涙がそこからポタリと頬を伝った。


…大丈夫。
今ならちゃんと伝えられる。


「…宮本さん、昨日はすみませんでした。あんな風に怒って帰ったりして…」


宮本さんは少しピクリと反応した気がしたけれど、相変わらず私を抱きしめ、首に顔を埋めたまま。

聞いて…くれている。


「宮本さんが私を庇ってくれた事は分かっていたんです。
だけど…約束の一週間が過ぎて、彼女ではなくなったら、私もあんな風に冷たくされるんだなあって思ったらいたたまれなくて。
だから、つい。
でも、身勝手だったと思います。
宮本さんは、私の告白に乗っかってくれただけなのに。」


宮本さんの身体を更に少し引き寄せた。


「……ありがとうございました。
本当に本当にこの一週間、一緒に居て楽しかったし、宮本さんの事を知ることが出来て、沢山、好きだなあって思えて…嬉しかったし、幸せでした。」
「……。」


…言えた、こうやって、最後まで抱きしめてくれた、優しい宮本さんに、『ありがとう』って。これでもう、宮本さんがこの先、どんな風に私を扱っても、私はちゃんと前に進める。

思い残すことは……


「………で?」


突然、ものすごく低い声と冷めた溜息が耳の横から聞こえてきた。


「だから、何なわけ?」


その声色に、昨日の元カノさんとのやり取りを思い出して思わず背中に回していた手を離し、腰が退けた。


「だ、だから…その…」


途端、宮本さんの腕がギュウッと強く私を引き寄せる。


「『一週間楽しかったです、ありがとうございました。はい、さよなら~』って?」


顔を私の首筋に埋めている宮本さんの表情は私からはわからない。


ただ…


「…ふざけんな。甘ったれんてんじゃないよ。」


……ご立腹な気がする。


「大体ね、『ありがとうございました』ってなんだよ。
この一週間を振り返って感謝とか…そんなの、俺にとって何の得にもならないっつーの。」


どうしよう…かなり怒っている…って当たり前ではあるんだけけれど。
私、昨日トンズラして、着信にも出なかったわけだから。


怒られて当たり前ではあるんだけれど…


私を捉えて離さない宮本さんの腕。ずっと私の首筋に埋まっている顔。

ちょっと…怒り方が…独特…?と、思っていたら


「っ?!」


少し顔が動いて、突然、その薄めの唇が首筋をはさみ込んだ。


その感触に、少しビクリと身体を揺らすと更に私を覆う腕に力がこもる。
顎下、頬骨と順に触れた唇が、最後に耳たぶに移動して、甘噛み。

反射的に身体がこわばり、また退ける腰。


「み、宮本さん…あ、あの…んんっ」


それを捉え直されて、そのまま唇を塞がれた。


何度も…何度も。


角度を変えて降ってくる、強引で噛みつく様なキス。けれど、触れる唇は柔らかくて…甘い。

宮本さんのスーツを思わずギュッと掴む。

強引だったキスは、徐々に優しく触れるキスに変わって、それでも、私を捕らえて離さない宮本さんの腕。

そこに幸せが芽生えて、鼻の奥がツンと痛みを覚えた。


「……麻衣さ、昨日言ったよね。『優しくすんのは何でだ』って。」


どの位キスを繰り返していたかは定かじゃない。重ねてくれる唇に、ただ夢中になっていたから。キスが止み、代わりにおでこ同士をコツンとつけられて、ああ…息苦しかったんだって、思った。


「そんなのさ…決まってんだよ。」


息の整わない私とは違い、宮本さんの声色は穏やかで…真面目。


「“麻衣”だから。」


“私”…だから………?


思わず少し顔をあげたら、鼻先同士が触れ合って、宮本さんが少し笑みをこぼす。


「じゃなきゃ、俺はこんな面倒な一週間過ごさないよ、絶対。」


フワリと唇が再び少しだけ重なった。



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