それからどの位泣いていたのかは定かじゃない。


いつの間にか眠りに落ちて

ピンポーン…コンコン…

インターホンの音とドアを遠慮がちにノックする音で目が覚めた。




誰…だろう…


瞼がいつもより開かない。周囲は明るくて、もう昼間だと言うのはわかる。

…瞼が開かないのは、泣きはらして腫れてしまっているせいだよね…

重たく感じる頭を起こし、ふらふらとインターホンのモニターに近づいて行ったら、心配そうな顔をしたサクラさんが立っていた。


な、何で……??


急いでドアを開ける。


少しびっくりしたサクラさんは、泣きそうな顔で笑って「…良かった、無事で」と安堵の息を吐き出した。



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「昨日の夜、メッセージしても既読にならなくて…。それで今日の朝、もう一度連絡したんだけど、今度は『電源が入っておりません』って言われちゃってさ。休日でもうしわけないな、とは思ったんだけど心配で直接来てみちゃったの。」

「す、すみません…その…気が付かなくて。」


上がって貰って、コーヒーを出した私に少し小首を傾げ、心配そうな表情をするサクラさん。


「…宮本さんと何かあった?」
「………。」
「ああいう人だからさ。誤解を生む事もあるかもしれないけど…」
「サクラさんは宮本さんの事、よくご存じなんですね」


宮本さんを庇い話し始めたサクラさんの言葉を咄嗟に遮ってしまった。


…ダメだ。
一晩泣いたのに、まだ私、歪んだままだ。


「…私は、もう別れましたから。」
「そう…なの?」
「はい。元々一週間だけのお付き合いって事で説得して付き合って貰っていたんです。だから…もう期間は終わりです。」
「……。」
「サクラさんは…宮本さんが好きなんじゃないんですか?」


私の言葉に、サクラさんの目が見開き、瞳が揺れる。


「宮本さんも、きっとサクラさんが好きですよ。この一週間、一緒に居てそれを凄く感じました。」


ズキズキとまた、気持ちが痛み出した。


“私の想いは届かなかったから、大好きな二人の仲を取り持ちたい“


なんて、そんな美談じゃないし、私はそんな出来た性格の持ち主でも無い。
自分でも驚く程、冷たく言い放ち、冷めた目線。半ばヤケ、半ば八つ当たり、そんな所。

勝手にすればいいじゃない。
あなたたちなんて、大嫌い。

そんな、言葉の裏返し。


敬愛する人に対して、私はなんて酷いことをしているんだろう。
こんな風に歪む位なら、宮本さんとお付き合いなんてしなければ良かったとさえ思った。


「…もう、帰ってください。私の事はほっといて頂いて大丈夫なので。」


これ以上、歪む自分が辛くて、サクラさんに頭を下げた。


「……」


そんな私にフウと上から溜息が降ってくる。


「まあ…確かにね。宮本さんと私は、相思相愛かもしれない。
少なくとも、今の麻衣と宮本さんよりは。」


思わず太ももの上で両手をギュッと握った。


「私は…うん。好きだよ。宮本さんの事。
あんなに素敵な人、中々居ないって思う。」


ほらね、やっぱり二人は想い合っているんだ。

宮本さんだってサクラさんのことを『付き合いたくても中々付き合えない、"高嶺の花”だ』と思っているんだから。


「もう、分かりましたから…「だけどさ」


早く居なくなって欲しくて、話を切ろうとしたら、今度はサクラさんが私の言葉を遮る。その切れ長の綺麗な目が…潤いに満ちた。


「…私が宮本さんをどう思っているかが、恋人である麻衣が宮本さんを諦める事に関係ある?
私は、言ってしまえば宮本さんと麻衣にとっては共通の知ってる人ってだけで、赤の他人じゃない。」
「で、でも…宮本さんも…」
「それは、宮本さんの口から聞いたものなの?『俺はサクラが好きだ』とでも言った?」


聞いてはいないけど…だって。


「…近くで話をしていたら、わかります、それ位。」
「そんなの、そう感じただけじゃない。」
「本当に、凄く伝わって来たんです!」
「じゃあ、 この一週間、宮本さんと居て伝わって来たのはそれだけ?他には何も宮本さんから伝わってこなかったの?」


今にもこぼれそうな涙をサクラさんは、眉間に皺を寄せ、顔をこわばらせて耐えている。


「そうだとしたら麻衣、私は……」


けれど、耐えきれなくなった涙が、一筋、スッとその白い頬を伝っていった。


「 …………あなたを軽蔑する。」


放たれた言葉と、その綺麗な涙が、ズシンと心にのしかかる。

少し鼻を啜ったサクラさんは、「帰るね」と立ち上がり、コートを羽織って鞄を持った。玄関でヒールを履くと、一度背中を向けたまま立ち止まる。


「…一週間て、7日だよね。そういう契約だったなら、今日一日は、麻衣が『破棄します』って言わない限りはまだ恋人なんじゃない?」






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