二度寝すること15分程。

再びもぞもぞと動き出した宮本さんが、またキスをし始めて。


そろそろ…支度しないとヤバい…なんて思いつつ。


優しく頭を撫でてくれて、そっと繰り返してくれるキスを途中で止めるなんて全く出来なくて…


アラームから30分が経過。


い、急がなきゃ……と慌てて支度して、洗面所から出て来たら、宮本さんもネクタイこそしていないけれど、シャツに着替えて出勤出来そうな格好に変わってた。

「インスタントだけど」と差し出されたコーヒーの湯気が目の前でユラユラ。


「外、寒っむい。車で駅まで送る。」
「だ、大丈夫です…今出れば何とか…」
「ダメ。それじゃあ、コーヒーを入れた俺が空しいじゃん。ちゃんと味わって飲んで行きなさい。ゆっくりと。」


宮本さんはソファに座り、自分の横を開けてくれて


「突っ立ってないで、こっち来て飲めば?」
「は、はい…」


そのスペースにちょこんと座った。


一口飲んだコーヒーは、朝の乾いた喉に潤いを与えてくれて、口の中を爽やかにしてくれる。苦みがまろやかで甘さすら感じるのは、きっと…今、この瞬間が幸せだから。

そう思ったら、急激に気持ちがギュッと掴まれて苦しくなった。


…今日で恋人5日目。
あと少しでなくなってしまう、幸せ………


コーヒーの水面を見つめていたら、頭にポンと掌が乗っかった。


「そろそろ行くから。」
「あ…はい…」


慌てて笑顔を作って宮本さんに向けた。


…いけない。
マイナス思考は。

良い思い出でいっぱいにするんだから、この一週間は。








駐車場まで少し歩いてから車に乗り込んだ。


「会社まで送れたら良かったんだけどね。この時間、道が混んでて。駅が限界。」


ハンドルを慣れた手つきで動かしながら、カーラジオから流れる曲に合わせて微かに鼻歌を歌ったりしている宮本さん。そんなさりげない姿が、たまらなくかっこいい。


…なのに、髪の毛が跳ねてる。


思わずフッと笑って、手をそこに伸ばした。


「宮本さん、イケメンが崩れてます。」


手ぐしでとかしても、ぴょんとまた跳ねる。


「……頑固。」


呟いたら、ハッと宮本さんが吹き出した。


「手、出したんだから最後まで頑張ってよ。」


前を向いたまま、「ほら」と少しだけ私の方に頭を傾ける。


これ…無理じゃないかな。
ちゃんと水つけたりしないと。


そう思いながら、何度も梳かすけど、やっぱりすぐにまたぴょんと跳ねてしまう髪。


あと少しで駅に着くな…


「何、惨敗?」
「はい。手強すぎました。」
「じゃあ、また明日頑張って。」


宮本さんはロータリーに入る手前の信号で止まった。


「…今日さ、多分、夜8時位には終わると思うんだよね…。9時位には迎えに行けると思う。支度して待ってて?家出るとき連絡する。」
「あ、あの…道が分かっているので、電車でも…」
「や、いいよ。ついでにどっかでメシ食うから、俺。それに付き合って?」


…遅くまで仕事した上に私のアパートまで迎えに来るなんて、何だか申し訳ないな。


「仕事の途中でご飯食べないんですか?」
「あー…うん。多分ね、ミーティングが立て込むから、腹鳴らない程度には食うかもしんないけど。真斗との打ち合わせもその合間にするからね。大して空腹になんないんだよね、その間って。」


それだけ仕事に集中しているって事だよね…。


『あの人の仕事ぶりはかなり勉強になる』


サクラさんが尊敬するだけの事はあるな…

仕事が出来る上に、こうやって優しくしてくれて。
私、本当に凄いイケメンに無理なお願いをしたのでは…


大体、私が宮本さんに対して頑張ったのって、告白の時だけじゃない?
何かして貰う事の方が圧倒的に多くて。


『お互い頑張んないと』


そうだよ、私ももう少し頑張らなきゃ。


「あの……今日、私がお夕飯作って持って行ってもいいですか?お弁当箱に詰めてって感じにはなっちゃいますけど。」


宮本さんが、真顔で一度私を見た。


…どうしよう。
さっきまで楽しそうだったのに。
も、もしかして………手作り弁当とか、うざったい?


「あの…外食した方がよければそれで……」


信号が青に変わり、宮本さんが車を発進させる。程なくして、ロータリーに再び停車した。


「…麻衣。今、仕事は?忙しい?」
「今は一つイベントが終わって…次は鎌原駅の路面電車開局50周年のイベントのチームに入ってますが…今の所まだ忙しくはなっていないので。定時にはあがると思います。」


「……そうなんだ。」と息を吐きながらハンドルから手を離して、俯く。


なんか…手作り弁当は嫌だった感じだな。「麻衣も忙しいから」って断ろうと思ったのかも、今。

よし。もう、終わらせよう、この話は。
『面倒くさい』って思われたら、今日夜に会えなくなっちゃう。


「あ、あの…じゃあ、私行きますね?」


シートベルトを外して、ドアに手をかけ腰を浮かせた瞬間、腕をグイッと引っ張られる。その勢いで身体が再びシートに沈むと同時に、目の前に宮本さんの顔が近づいて、フワリと唇が触れ合った。


「…じゃあ、麻衣のお言葉に甘えて、うちでメシって事で。今日は。
でも、簡単なもんでいいよ?俺、あんまり手の込んだ物だと、腹壊すから。」
「そう…なんですか?」
「うん。高い食べ物全般苦手。」
「…大丈夫です。しがないただのサラリーマンなので、お財布の中身に限界がありますから。」


ハッと吹き出した宮本さんの吐息が唇にかかる。


「じゃあ、俺はそれを楽しみになるべく早く迎えに行く努力します。」
「ふ、普通で大丈夫です…。そんなに手際良くないから、早く来たら終わってないかも。」
「いや、だからさ、大作はダメだって。腹壊す。と言うか、頑張り過ぎるんなら、弁当はだめ。」


優しく私の頭を撫でる宮本さんの掌。指先がそのまま髪を滑る。


「ちゃんと豪華なものは避けます。」
「そういうことじゃなくてさ…。麻衣が無理するのは俺がヤダって話。」


ドキンと鼓動が大きく跳ねて、思わず息を飲んだ。
瞬きも忘れたと思う。


そんな私の表情をどう感じたかはわからない、けれど、鼻をすり寄せた宮本さんはポツリと呟いた。


「…なるべく早く、迎えに行く。」