本当に私のアパートまで送ってくれた宮本さんは




よくある、別れ際の何となく後ろ髪惹かれるやり取りも無く、玄関の前に立ったら、スルリと繋いでいた手は離れた。

ほっぺたを丸っこい親指でスリスリしてはくれたけど…それだけ。


「オヤスミ。」


そりゃあ、もう、あっさりと去って行った。


猫背がちな後ろ姿を見送ってから、鍵を開けて中に入る。ドアにもたれてから頬に触れた。


…もっと一緒に居たかったな。


路上でされたキスとその後の宮本さんの表情が脳裏に過ぎる。


…宮本さんは一体何を考えているんだろうか。
あんな風にしても私はその気にならないとでも思ってるのかな…


そんなに私って、そっち方面疎そう?子供っぽい?


部屋に入り、ペタンとラグの上に腰を落とした。


『…やっぱちょっと疲れてんじゃない?』


ダメだなあ…私。
これだけ優しくして貰っといて不満を抱くなんて。
とにかく、明日も宮本さんと約束出来たんだし、鬱々している場合じゃ無いよね。


…よし。
まずは、少しでも宮本さんに色気や癒やしを感じて『もっと一緒に居たい』って思って貰える様に磨くぞ。

気合いを入れ直し、カモミールの入浴剤を入れて、パックをしながら半身浴。

沢山触ってくれる頬を中心にお手入れを念入りにして、就寝し、迎えた恋人生活4日目。


昼休みは、やっぱり書庫整理室に集合で膝枕をする宮本さん。起きた後、頬をスリスリして少し小首を傾げた。

きょとんとしてる宮本さんに私も一緒に首を傾げる。


「や…何か、いつにも増してスベスベだからさ。」


フッと目の前で表情が緩んだ。


「食い甲斐ありそう。」


瞬間的に顔が熱くなって、目が潤ったのが自分でも分かる。
でも、そのまま固まって動けない。
鼓動だけが、忙しなく動く。


宮本さんの顔が近づいて来て、唇がフワリと重なった。


「…仕事終わったらエントランスね。」


こ、これは…昨日の夜、少し頑張った効果が出てる?


嬉しくなって頬が緩んだら、クッと含み笑いをする宮本さんが、私の左頬を摘まんだ。


「ラーメン、そんなに好きなら言ってくれりゃ良いのに。ラーメン食えるってなっただけで、艶々ってさ…」


………出てない。
と言うか、やっぱり貼られてるじゃん、『食いしん坊のレッテル』。







何となく気落ちしたまま、宮本さんが連れて行ってくれたラーメン屋さんはこじんまりしたお店で、席は満席に近かった。


「美味しい!」
「そりゃ良かったね。」


含み笑いしてる宮本さんの横で、ふくふく顔をほころばせながら食したラーメン。魚介豚骨スープベースの濃厚さっぱり系で、本当に美味しくて。

ラーメンに罪は無い。
美味しい物を美味しいと食べて何が悪い。

そう心の中で言い訳して、食いしん坊を肯定しながら完食した。


…までは良かったんだけど。


「ここのおじさん、モタモタが嫌いだから、俺が出す。」
「え?!あ、あの…」
「おっちゃん、はい、会計。またね。」
「おう!健太、毎度!」


豪快で陽気なラーメン屋店主に見送られ店を出る。


「み、宮本さん…これじゃあ昨日の分がチャラになりません。」


やっぱり手を握られてポケットにそのまま突っ込まれて歩く駅までの道で、困り顔の私をまた含み笑いする宮本さん。立ち止まると、繋いでいない方の親指で、私のほっぺたをスリスリし始めた。


「いーじゃん、別に。その辺そんなきっちりしなくてもさ。」
「だ、だって……考えてもみてください。私、毎日タダで飲み食いしている人ですよ、このままだと。」


ハッと目尻に皺を作った宮本さんは親指をそのまま滑らせて、少しだけ耳に触れた。その感触にドキンと鼓動が跳ねて、少し身体が熱を放つ。


「まあ…じゃあ麻衣がそんなに言うなら、チャラにして貰おっかな。」
「はい…あの…ビール飲みに行きますか?宮本さんがお時間大丈夫なら…」
「あ~…うん。それも良いけど。もっと手っ取り早くチャラにして貰う。」


……手っ取り早く?

小首を傾げた私に、宮本さんは口角をキュッとあげて何かを企む様な表情を見せる。


「あのさ、麻衣。」
「は、はい。」
「俺、昔から冷え性なわけ。」
「そう…ですか。」


言われてみれば、いつも指先がヒンヤリしているかも。


「と言うわけで、行くよ。」
「え?え?」


宮本さんは再び私の手をひっぱり、再び歩き出した……けど。


……一体どこに?





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