「海辺におしゃれなレストランがあるんです。風香さんはご存知ですか?」
 「え、えぇ………パスタとかおいしいですよね」
 「そうなんですね。俺は初めてなんです。そこに行ってもいいですか?」
 「え、えぇ………もちろん」


 海辺にあるレストラン。
 それは、きっと柊と風香が初めての旅行で訪れた時に行ったお店のはずだ。
 風香はもちろん覚えている。大切な場所なのだから。けれど、柊は忘れてしまっているようだった。婚約者である柊はこの事を覚えているはずだ。そうなると、やはり目の前の彼は似ている別人なのだろうか?


 「風香さん?」
 「あ、ごめんなさい。ボーッとしてしまって………」


 横を歩いていた柊が、反応のない風香を心配して顔を覗き込んだ。
 風香は間近に迫った彼の顔を驚き、返事をすると柊は笑顔で「昨日はお互い遅くまで飲んでしまいましたしね」と、にこやかに話しをしてくれる。彼の話しに返事をしながら歩いているうちに、近くの海岸に向かった。


 「せっかくだから、海の近くを歩きますか?」
 「そうですね。………柊、さんはお休みでこちらにいらっしゃったんですか?」


 柊の事は「柊」と呼び捨てにしていたので、「柊さん」と呼ぶのは他の人の名前のように聞こえてしまい、違和感を感じていた。けれど、実際目の前の男は別人なのかもしれないのだ。それに昨日の夜に会ったばかりの男性を呼び捨てにする事も出来ないので、風香は彼の事を「柊さん」と呼び続けることにした。