春、四月。風と戯れていたはずの淡い桃色はいつの間にか、消えてしまっていた。
 そして、君が現れた。
「初めまして、速水桜です。歌を歌うのが好きです。保健室登校をしているので、教室に来ることは少ないですがよろしくお願いします」
 君の声を聞いたのはそれが最後だった。なぜなら、君はあれから二度と教室に来ることは無かったから。
 それでも、僕は、君に会いたいと願った。
 靴箱を確認して、君が来ていると分かれば安心した。廊下で君とすれ違えば、会えて嬉しくなった。
 でも、君は教室に来ない。
 靴箱を確認しても廊下で君とすれ違っても、君と話せる訳じゃない。君が笑ってくれる訳じゃない。君の声が聞ける訳じゃない。
 それでも、僕は信じていた。君が教室に来てくれることを。
 それで全てが叶うと思っていたから。
 だけど、君が同級生から虐められていると知って、僕は僕を嫌った。
 僕は君へ教室に来いと言っていたのだ。君からしたら、ただ苦しいだけの場所に来てほしいと言われているようなものだったんだ。
 それでも、苦しくても、君はいろんな場面で笑っていた。
 体育祭も夏のまぶしさに負けないように、文化祭も秋の美しさに負けないように。
 でも、君の笑顔を見ていると胸が苦しい。あの美しい笑顔の奥に、君の辛いという叫びがあると自分の事のように考えるから。
 それに、君は無理をしているんじゃないかと心配になる。
 だから、褒めてあげたいんだ。彼女を。
 あのとき、自己紹介に来ていた彼女も、今、こうしてクラスの中に居る彼女も。
『お疲れ』って。『よく頑張ったね』って。『ありがとう』って。