あんなに明るく見えた青い瞳が、今は氷の青に見える。

少し寒気を感じて、僕は正直に答えた。

「キャンプで泊まった夜、その子に告白されたんだ。僕は恋愛とか分からなくて断ったんだけど、彼女は諦めなくてずっと僕にくっ付いてた」

「どうしてその子を絵に描く必要があったの? 振った、ってことはその子が好きだったわけじゃないんでしょう?」

「分からない……きっと、好きではなかったけど僕にとっては大切な人だったからだと思う」



僕は彼女の絵を人差し指でそっとなぞった。

「その告白は人生で初めての経験だったんだ。だから、愛だなんて呼べるほどのものかは分からないけど……僕を始めて好きになってくれた人の記憶は、一生心に止めておきたい。だから僕はこの絵を描いたんだと思う」



ニナは黙って僕の話を聞いていた。

そして次の瞬間――絵を額縁ごと壁から剥がし、階段の下へと投げ捨てた。

「な、何するんだよ!」

「想太にはそんなものは必要ない」



ニナは、白い両手を伸ばして僕の顔を包み込んだ。

「勝手に決めつけないでよ! 僕にとっては大切な思い出なんだ!」

「想太がそこまでしてその記憶に執着するのはなぜ? 寂しいから? 悲しいから? 虚しいから? ねえだったら……私はなぜここに存在するの?」

「それは……」



思わず言葉に詰まる僕を、ニナはそっと抱きしめる。

「想太の気持ちは凄く良く分かるよ。私だからこそ分かってあげられる。だからもう、いいんだよ? 早く真っ白になって……そして、真っ白な自分を受け入れてあげればそれでいいの」

「僕は……僕は……」



真っ白な自分。

考えてみればおかしな話だ。なぜ僕は自ら拒絶した少女をカンバスに描いた? なぜその想いを一生抱いていくことを誓った?

決まっている。この真っ白な自分を肯定したくなかったから。

僕にはこの頃から後の想い出が何もない。だからこそ僕は過去に縋って、自分を慰めようとして……

でも、そんな必要はもうないんだよね。

僕はニナを抱き返して、恋人の様に囁いた。

「ありがとう。もう僕は絶対に迷わないよ」

「うん。もし迷った時はいつでも私が連れて行ってあげる」



僕から離れて、ニナがまた元の綺麗瞳で僕を見上げながら言った。



「二度と覚めたくなくなるような、素敵な夢の中へ」