「堀川君……どうしてあんな酷いことを言ったんだろう」



僕はまたちょっと落ち込んでしまって、体育館裏の階段に座りながら空を眺めていた。

遠くから生徒たちが楽しそうに喋ったり、グラウンドでサッカーをしている音が聞こえてくる。

グーッ、とお腹が小さな音を鳴らして食事を催促してきた。

そう言えば弁当は教室だった。取りに戻らないと――

「ふうん……キミが想太か」



ふと顔を上げると、漆黒の髪にルビーの様な瞳を湛えた少女が僕を見降ろしていた。

「君は……マナ?」

「そうだヨ。こうしてキミとお喋りするのは初めてだネ。こんな所をニナに見られたら、どうせカンカンになって怒るんだろうケド」



そう言ってクスクスと口元に手を当てて笑うマナ。

そう言えばさっきからニナが見当たらない。どこに行ったんだろう。

「ニナはしばらく現れないヨ。君がさっきの件で落ち込んでしまったからねえ」

「僕が落ち込むと、ニナはどこかに行ってしまうの?」

「そりゃあね。君が君自身を否定すると、彼女は存在を保つのが難しくなるのサ」

「どういうこと?」



疑問符を浮かべる僕の前で、マナは掌をかざした。

すると驚いたことに目の前に小さな地球と、その周りを回る月が出現する。

「仮にこの地球がなくなったら、月はどうなる?」



マナの問いかけに、僕は首を傾げた。

「えっと……どっかに飛んで行っちゃうよね?」

「ニナもオレもこれと似た様なモンさ」

「僕が地球で、ニナが月ってこと? じゃあ君にとっての地球は……」



マナは無言で、堀川君が走り去っていった方向を見た。

「オレの地球様は凄く鈍感でね。だからオレの姿を見ることさえ出来ないのさ。ずっと見ることの出来ない月……まるで新月みたいニ」



クックックッ……と喉を鳴らして笑い、それから僕に顔を近づけて蠱惑的に囁いてくる。

「でもキミはオレの姿を見ることが出来る。つまり素質があるってことサ。どうだい? あんな下らない女のことなんて忘れて、オレのオトモダチにならないかい?」

「君のお友達になると、何か良いことがあるの?」

「さあどうだろうネ。多分あの少年と同じ目にあうんじゃないかナ」

「堀川君と? 悪いけどそれはイヤだよ! だってさっき、よく分からないけど凄く感じの悪い人に囲まれてたじゃん。僕も彼らとは友達になれる気がしないよ」

「アハハ、そりゃそうだネ。でもきっと、オレと一緒にいた方がキミはいずれ幸せになれるヨ」



謎めいたその言葉に、僕は混乱する。

たった半日だけど、ニナと過ごす時間は僕にとってとても心地よかった。

それに対してマナはどうだろう。もし彼女のせいで堀川君があんなに怯えたり嫌な思いをしているのだとしたら……

「嫌だ。僕はニナと一緒にいたい」



僕が答えると、マナは残念がるでもなくただ真紅の瞳で僕を覗き込んだ。

「そうかい。それがキミの望みなら止めはしないケド」

「出来れば堀川君に付きまとうのもやめて欲しい。堀川君はきっと、君が側にいることを望んでなんかいない」

「それは無理な相談だネ。彼はもうしばらく間オレと一緒に過ごさなければならない。そういう契約だからナ」

「だけど……!」



その時、キーンコーンカーンコーン……とチャイムの音が鳴って、僕は慌てて立ち上がる。

「ああ! ご飯食べるの忘れてた!」

「クックックッ……時を忘れる程オレと話すのが楽しかったかい?」

「ぐぬぬ……!」



歯噛みする僕の前で、マナはケラケラと笑ってからフッと消えた。



あの時、僕はマナの言葉の意味が分かっていなかったんだ。

もし分かっていたなら……僕の今の人生は、全く違ったものになっていたかもしれない。