キーンコーンカーンコーン……と教室で終業のチャイムが鳴り響く。

机と椅子がプカプカと浮いた歪な空間で、僕とニナは顔の無い生徒たちとボールを投げ合っていた。

床には白線で小さなドッヂボールコートが描かれている。

僕が思いきりボールを投げると生徒の一人に命中し、そのまま空中で回転して消えていく。

ドッヂボールなんて二年近くしてなかったからとても懐かしい。

転がってきたボールを拾って今度はニナに投げつけると、彼女はフワッと宙に浮いてそれを避けた。

「あ、ニナ反則だぞ! 普通人間は宙に浮けないんだから」



僕が指摘すると、ニナは軽やかに着地して小首を傾げる。

「人間は宙に浮けない? そんなことを誰が決めたの?」

「誰って……それは常識的にだよ」

「常識? 誰が常識を決めたの? この世界には果たして本当に常識なんてあるの?」



ニナがパンッ、と手を叩いた瞬間……顔の無い生徒達が宙に浮かび上がり、机や椅子と一緒になって辺りをグルグル漂い始めた。

「ニナ……? どうしたの? 何だか今のニナは変だよ」

「変? 想太はもうそんなつまらない考えはやめたと思ってたんだけどな。ごめんね、私がもっと頑張らなきゃダメだよね」



もう一度ニナが手を叩くと、宙を漂う生徒や椅子や机が激しく回転して混沌とした渦を作り出す。

激しい暴風が吹きつける中、僕は頭上に視線を奪われたまま叫んだ。

「ニナ、やめてよ! このままじゃ生徒達が死んでしまう!」

「ダメだよ。想太が本当にここを受け入れるまでこの嵐は終わらない」



長い白髪を波打たせ、ニナはゆっくりとこちらに近づいてくる。

彼女はドッヂボールコート真ん中の白線の前に立つと、ゆっくりと足を前に踏み出そうとした。

「ニナ、それを踏み越えたらルール違反だぞ」



ニナは、不敵な笑みを浮かべた。

「ルール違反? 想太はまだ分かってくれないの?」

「ダメだよ、こんなの……僕はこれ以上先へは進めない。僕はただ、普通にドッチボールがしたかっただけなのに……!」

「いい加減目を覚ましてよ、想太――貴方が求める普通はなんて、もうどこにないのよ」



「もうやめてくれっ!」



僕は駆け寄ると、白線を踏み越えようとするニナを思いきりつき飛ばした。

ニナは驚きに目を見開き、僕に手を伸ばしたまま後方の暗闇へ吸い込まれていく。

このままではニナが行ってしまう。

僕は慌ててその手を掴もうとしたが――その手が届く前に彼女は一瞬儚げな笑みを浮かべ、そして自ら身を躍らせて漆黒の中へと消えた。



「ニナッ!」