ヨシノは、いつものように小さな桜の木の下で昼寝していた。妖精といっても特にすることもない。それでもこの場所は居心地がよく、暖かさでヨシノの心をいつも満たしてくれる。我ながら、昼寝には最適だと思う。
ただ眠るだけ。それだけでもヨシノは幸せだと感じられるのだった。
そんな時、
「風邪、ひきますよ。」
という声でヨシノの幸せタイムは強制的に終わった。せっかく気持ちよく寝てたのに‥とイライラしながら声のした方を振り向くと、
ミディアムロングの髪の毛に桜の花びらをつけて、心配そうにこちらを見ている少女がいた。制服からして多分、この近くの中学校の生徒だろう。
「‥君、誰?」
不器用な言い方だと思った。けれど彼女は何も気にすることなく、
「私は栞凪 ハル。そこの中学の2年生だ
よ。」
と微笑んだ。栞凪さん、とヨシノは反復する。ハルでいいよ、と言いながら彼女はヨシノの横に座った。
「ハル、君は僕がみえるの?」
一番気になってたことだ。ヨシノは妖精なのだから、普通なら心配するどころかヨシノの存在にすら気づかない。無器用な話し方も、人と話したことがなかったせいだろう。
「僕はヨシノ。妖精だよ、この木の。」
と言いながら丁度つぼみが開き始めた桜の木を指差す。ハルは、一瞬固まって、だけどすぐさっきの顔に戻った。ヨシノが信じられないと思うけど、と苦笑するとハルは
「信じるよ。」
と言った。顔からその言葉が嘘偽りないものだとわかった。その言葉は初めての話し相手が自分を認めてくれたことを意味する。ヨシノにとってこれ以上に嬉しいことがあるだろうか。自然と笑みがこぼれた。
「あなたは明日もここにいる?明日も会いに来ていい?」
ハルが言った。とっても嬉しかった。ヨシノがうん、と答えるとハルは満足そうに微笑んで、
「じゃあ今日は帰るね。また明日。」
といった。立ち上がって制服についた砂をはらい、帰ろうとするハルの後ろ姿にあと、とヨシノが声をかける。精一杯の勇気だ。
「あなた、じゃなくて、ヨシノ。」
ヨシノの無器用な言い方にハルは振り向いてくしゃっと笑った。つられてヨシノも笑ってしまう。ヨシノが忘れていたはずの笑顔は、びっくりするくらい自然できていた。