「ただいまみどりさん、もうお帰りどすか?」
「おかえりなごみちゃん、今日のお稽古は長かったのね」
置屋に帰ると、お手伝いのみどりさんが帰る準備をしているところだった。
腰のポシェットがいつもパンパンだ。
冬の乾燥した気候に日本家屋はひんやりと冷たい空気を漂わせていた。
奥の部屋からガスストーブの匂いがする。
うなぎの寝床と呼ばれる造りはお馴染みで、なごみが過ごす置屋も奥に長い。
「夕飯も出来てるし、温めて呼ばれてくださいね、ほんならわたしはこれで」
みどりさんはそう言って丁寧に玄関を閉めて帰っていった。
芸舞妓は芸を売る仕事をしているので、基本水仕事はしないのだ。
だからだいたいどこのお家もお手伝いさんがいるのが普通で、芸能ゴシップなんかはお手伝いさんから漏れるものだ。
「ただいまおかあさん」
奥に行くと、新聞を読んでいる置屋のおかあさんがいた。テレビはついていて夕方の再放送の古いトレンディドラマが流れている。
「おかえりなごみ。話あるさかいこっち来なさい」
ピリッとした雰囲気になごみの背筋はまた伸びた。

